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文 大西マリコ
写真 落合直哉

世界最高峰の陸上競技大会である「世界陸上競技選手権大会(世界陸上)」。2023年大会も真夏のハンガリー・ブダペストを舞台に熱戦を繰り広げている。前編ではそんな世界陸上ブダペスト23の楽しみ方を世界陸上パリ03の男子200m銅メダリストの末續慎吾選手に聞いた。また、スプリント系種目において日本人初となるメダル獲得の快挙の瞬間について振り返ってもらった。

後編では、あの快挙から20年経った今も「43歳現役スプリンター」として走り続ける理由について迫る。2022年には男子100mで40代の日本記録である10秒77を更新。年齢を重ねてもなお、速くなることへの探求心を持ち続けている。そんな末續選手に、アスリートとしての今後やご自身の陸上競技活動全般の総称である「EAGLERUN(イーグルラン)」について聞いた。「末續流の哲学」とはいかに。

走り続けるのは「やれることをシンプルに追求しているだけ」

末續慎吾

今も走り続ける理由は、「速く走れるから」という至極シンプルで本質的な末續流の答えだった     

写真 落合直哉

43歳の今もプロ陸上競技選手として、競技を続けている末續選手。40代の100m日本記録も保持していますが、現役で走り続けることに対してはどんな想いがあるのでしょうか?

自分はまだ速く走れるという確信と、それを実現できる自信がある――その想いだけです。「なぜまだ走るのか?」とよく聞かれますし、それに理由をつけたがる人も多いと思います。でも自分ができることをやることに関して、理由はいらないかなと考えています。

人間はその人ができることをして生きていますし、自分もそれに徹しているだけなんです。何かをやるのに理由をつけている時点で、それは究極ではありません。そういう意味では、「走りたいから走る」という究極的に自分のやりたいことをしているだけであり、走りたいと思い続ける限りは走り続けるのだと思います。それは好き嫌いとかでもないんです。逆説的かもしれませんが、根源的には自分の「もっとも深い欲望」に素直になっているだけなのかもしれません。

鍛え抜かれた身体と自信に満ちた表情からも、末續選手の「速く走れる」確信と情熱が伝わってきます。実際に、2019年全日本マスターズ陸上大会ではM35(35~39歳)100mの大会新記録10秒89を出し、2022年の同大会では40代日本記録となる10秒77を叩き出すなど、どんどん速くなっていますよね。肉体と精神のバランスが噛み合い、ある種“陸上の仙人”のように達観していらっしゃるようにも感じます。

目の前のこと、自分ができることをやり続けて、それが結果的に誰かを幸せにして人との関わりが生まれる――。僕はそれをシンプルに追求した結果、毎年それをやり続けているだけなんです。ありがたいことに人生のほとんど、30年以上走り続けることができています。

僕は元々、今ほど喋る人間ではなかったんです。自己表現とその手段が陸上競技でしたし、20代の頃は競技者として走ることに徹していて、客観的に振り返る時間も場所もありませんでした。でも、今はおっしゃるように陸上の仙人のように見えたり、哲学者のような話をしたりもします。周囲からそうしたいろいろな見られ方をするのは、「自分らしく生きられている証拠」なのかなと感じます。人間は単一的ではなく多面的だと思うので。

経験と情報を財産に、今より速く走ることを目指し続ける

末續慎吾

40代でも成長できる。常に挑戦し続けた末續選手だからこそ、自身の経験と情報が財産になっている

写真 落合直哉

20代の頃とは心身ともに違いがあると思いますが、選手として今どのようなことを考え、日々のトレーニングを実践していますか?また今後の目標についても教えてください。

40代で走っていると、今までやっていた練習は全部間違っていたのではと思うくらい、もうすべてが変わってきます。40代の身体は日々変わりますし、20代の頃の自分を思い返すと「若いってすごいんだな」と感心します。そういう状況なので、初心に戻るというよりは戻らざるを得ないんですよね。今までの練習や考えをすべてクリアにして、新たなトレーニングに日々向き合っています。

目標に関してはアスリートである以上、常に世界大会や日本選手権を目指しています。そうした高みを視野に入れないと、現役とは言えませんので。ただ一方で、43歳という年齢と向き合いながら、その差をどう埋めてどう取り組んでいくかを常に考えてやっています。

初心に戻って、既成概念にとらわれない練習をしているとのことですが、その一方で40代の今だからこそ分かることや、感じることはありますか?

競技を長期間やり続けたことで30代で成熟し、40代になってからは、そうした過去の経験や情報が財産になって「技」が形成されてきたように感じます。

これまでは加齢によって、30代以降は足が速くならないと思われていましたよね。そして、40代を過ぎても速くなることに挑戦した人もいませんでした。でも実際に僕は技を駆使することで速くなっています。過去に嘘偽りのない挑戦を常にしてきたので、自分のこれまでを比較対象にすることもできます。そうした蓄積した経験や情報が大量にあるからこそ、今後も速くなれると思うんです。

だから僕は「時間」にこそ最大の価値を感じています。30年続けてきたからこそ見えるもの、分かることがある。脳も工夫次第で40代以降も発達し続けるという話がありますし、40代だからこそできることが確実にあると思っています。

「時」を通して感じていたセイコーへのシンパシー

末續慎吾

100分の1秒を競うアスリートだからこそ、100分の1秒を計測できる技術を持つセイコーにシンパシーを感じているようだ

写真 落合直哉

「時間」にとても価値を感じているとのことですが、時間といえば切っても切り離せないのが時の会社・セイコーです。世界陸上のオフィシャルタイマーなど陸上競技をするうえで目にする機会も多いと思いますが、セイコーについてどんなイメージを持っていますか?

多方面で陸上競技をサポートしてくれていて、大会では正確なタイムを計ってくれることにいつも感謝しています。

僕らは100分の1秒でもタイムを縮めることにすべてを懸けていますし、そのタイムで選手の人生が大きく変わります。それほど繊細な時を精密に判断できる機材があるのはすごいことですよね。100分の1秒を突き詰める競技者にとって大きな安心感があり、尊敬している会社です。

今回のインタビューも、「時」を通してスポーツをサポートするセイコーの技術や理念に共感して受けてくださったとお聞きしました。

お話をいただいた時、とても嬉しくてありがたかったです。だって100分の1秒に決着をつける技術を持っている会社ですよ。時間というのは誰もが捉えられない概念で、本来なら100分の1秒なんて一瞬で気にもならない時間です。それを緻密に研究して突き詰めて、プロダクトに落とし込んで世界中の信頼を得ていることに多大なるリスペクトをしています。

その信頼がどれだけすごいのかというと、たとえばゴールに選手が5人突っ込んできて、ほぼ同タイムのゴールでもきっちり順位をつけられます。もしもその計測機器が信用に足らない時計だったら「順位が間違ってるんじゃないのか!」と文句を言う人が出てくると思うんです。

でも、セイコーさんの計測技術は判定結果が分かりやすいので、みんなおとなしく結果を受け入れますよね。ここのジャッジメントを全世界に納得させているのがすごいなと。選手と同じくらい情熱をもって100分の1秒を追求してきた会社の技術や製品に誰も文句なんて言えないですよね。そこに絶対的な信頼がある。

だから僕が生きてきた100分の1秒と、それを追求されているセイコーさんとの間にシンパシーを感じています。いつか研究開発や製作をしている方たちとも話してみたいです。

100歳になっても走り続ける。長く続けた先に見える景色とは

末續慎吾

穏やかな表情でインタビューに臨んでくれた末續選手。走り続けることを本当に楽しんでいることが感じられた

写真 落合直哉

30年以上走り続けた経験や情報をもとに、理性的で哲学的な考え方を持っている末續選手。その世界観や思想を存分に発揮しつつ、豊富な経験を共有できるのが、2018年に設立した「EAGLERUN」ですね。末續選手ご自身の活動もそうですが、実業団選手の指導・練習会を行う「EAGLERUN Track & Field Club」、さらにはここ平塚で一般向けにランニングコミュニティを開催されていますね。今回はそのランニングコミュニティである「EAGLERUN RUNNING COMMUNITY(ERC)」について詳しく教えてください。

「ERC」は、勝ち負けにこだわらず全年齢の人たちが「走る」ことでつながるためのコミュニティです。昔の大家族のようなイメージで、さまざまな年代の陸上競技好きが集まって一緒に練習しています。僕は、陸上競技は「生涯スポーツ」だと思っているので、子どもからお年寄りまで何歳になっても走ることを楽しんでほしいんです。だからここでの活動は僕自身も純粋に楽しむことができていますね。

月並みですが、「走る」という自分がやれること、やりたいことを一緒に共有できる仲間がいることが自分自身の糧にもなっています。

陸上競技選手として、コーチやコミュニティで陸上競技の未来を明るく照らす存在として活躍し続ける末續選手を応援し続けます。最後に、今後の目標を聞かせてください。

一番の目標は、100歳でも走り続けていること。同時に、年齢ごとの最高速を目指していきたいと思っています。目標というよりも、やれることをやっているだけなので、それらはライフスタイルの1つ。当然やっていくんでしょうね。

そして、スポーツは若い人だけのものではない。そんな狭い世界ではないと思うんです。だから「長くやり続けることの価値」を追求していきたいです。日本には「老舗」という考え方があります。長く続くものに対して価値や信頼を感じる人は多いですよね。スポーツの楽しみ方は勝ち負けだけではないと思うので、ずっとやり続けることでその先に見える景色がどんなものなのか――それを常に楽しみにしています。

末續慎吾

陸上短距離選手
末續慎吾

世界陸上パリ03の男子200mで日本人初のスプリント種目系でメダルを獲得の偉業を成し遂げた。北京五輪の男子4×100mリレーでも銀メダルに輝くなど、日本短距離界の第一人者だ。40歳を超えてもなお、100m10秒台をキープしている現役のスプリンターでもある。

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