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文 C-NAPS編集部
写真 松本昇大

東京マラソン2023のエリート選手出場発表のあった1月、ファンや関係者が色めき立った。なぜならそのリストには2020年に開催された東京マラソン2020で見事な快走を見せ、当時の男子マラソン日本記録である2時間5分29秒を叩き出した男の名が載っていたからだ。その名は大迫傑――。

しかし、日本中、そして世界からも注目される日本陸上競技界の革命児は、周囲に惑わされることはない。2年ぶりとなる首都・東京を舞台としたレースに向けても、「期待されていることに対して思うところは、そんなに多くはないですね。」といつも通り冷静な様子。ケニアの荒野で淡々と調整を続けているが、目前に迫った東京マラソン2023について、「東京がひとつになる日ではなく、世界がひとつになる日を目指すべき。」と持論を語る。その言葉の真意とは、そして大迫傑が抱く東京マラソンの理想とは。

東京マラソン2020の激走は「結果的に日本記録がついてきた」

大迫傑

多くの陸上競技ファンの心に刻まれた東京2020の激走。今大会でもまた鬼神のごとき走りが見られるのか

©東京マラソン財団

東京マラソン2020は大迫にとって崖っぷちの状態で臨んだレースだった。2019年9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)では、2位までが自国開催となる世界の大舞台への出場権を得られる展開だったが、3位でフィニッシュ。出場権を得られぬまま最後の望みを懸けて東京マラソン2020に挑んだ。

「出場できないことが嫌だった。」と語るように世界の大舞台への意欲はひとしおだった。そして、その想いは42.195キロでの走りに体現され、雄叫びとともに日本人トップでフィニッシュテープを切った。さらに、MGCファイナルチャレンジ設定記録(2時間05分49秒)を破るだけでなく、2時間5分29秒での当時の日本記録というご褒美つきだったのだ。

「もちろん、自分でも日本記録を出せる力はあったと思っています。東京マラソン2020では、自分はタイムよりも順位を意識していて、自身がどこまでチャレンジできるかにフォーカスしていました。まあ、結果的に日本記録がついてきたというのが正直なところでしたね。世界の大舞台への出場権を獲得できたので、ベストなシナリオではありました。(アボット・)ワールドマラソンメジャーズ(AbbottWMM)の舞台でしっかり走ろうという意識で走っていました。」

そう飄々(ひょうひょう)と語る姿からは、普段から積んでいる練習や自らの走りに対する自信がにじみ出ていた。 また、「記録を出せるかどうかは気象条件や他の選手の走りによっても変わります。だからレースに臨む時はいつも、“大会でトップ3に入るには、もしくは優勝するにはどうしたらいいのだろう”という意識のほうが強いですね。」と記録よりもより高みを目指す姿勢を常に貫いているようだ。

「ニューヨークシティマラソンはよりインターナショナルな大会だった」

大迫傑

東京マラソンもより世界基準を目指すべきだと語る大迫。今後のさらなる発展に期待が集まる           

©東京マラソン財団

2021年の夏に開催された世界の大舞台を最後にレースから離れていた大迫だったが、マラソン復帰戦となったのは、2022年11月に開催されたアボット・ワールドマラソンメジャーズの1つであるニューヨークシティマラソンだった。世界経済の中心であるニューヨークで開催される大会なだけに、ワールドワイドな雰囲気を大迫も肌で実感していた。

「ニューヨークシティマラソンは、本当のインターナショナルな大会だと感じました。有名なニューヨークの街を駆け回れますし、マンハッタンへ続くクイーンズボロ橋の上を走れるのはやっぱりすごかったですね。しかも、参加者はニューヨーカーだけでなく、ヨーロッパの各国から多くの人が参加していて、いろんな言語が飛び交っている環境でした。」

ニューヨークシティマラソンを現地で体感した大迫の言葉だからこそ、その充実ぶりがリアルに伝わってくる。そして、目前に控える東京マラソン2023に関しては、“より高みを目指すべきである”という大迫自身の考えを発信した。

「“東京がひとつになる日。”というコンセプトは素晴らしいと思いますし、そうした大会を盛り上げる姿勢も絶対に必要です。ただ、東京マラソンというコンテンツが今後のさらなる発展を見据えるうえで考えるべきは、東京を通して世界とつながることが重要。ゆくゆくは東京という地で“世界がひとつになる日”を実現しなければならないと思います。 」

日本が世界に誇る国際的な大会である東京マラソン。3万8千人が参加する国内でも類を見ないスポーツイベントだ。しかし、そうした国内規模で留まる考えは大迫にはないようだった。「日本の首都である東京を巡れて、いろんな文化に触れられるのは良いことです。ただ、現状に満足することなく、東京がひとつになることを“通過点”と捉えるべきでしょうね。東京を通して、世界とつながれる。そんな大会にしていきたいですね。」と自身が抱く東京マラソンの青写真を熱く語ってくれた。

人口1400万人以上を誇る東京は、都市としてのポテンシャルは世界でも有数だ。それだけに、大迫のようにより高みを目指す人々が増えることで、東京マラソンが実際に世界とつながる大会へと進化するかもしれない。

東京マラソン2023はどこまで練習の成果を出せるか、挑戦できるかが鍵

大迫傑

ケニアの地で多くの国外のランナーたちとしのぎを削る日々を過ごす大迫。練習の成果を遺憾なく発揮できるか

写真 松本昇大

大迫は東京マラソン2023までの事前合宿をケニアで行っている。ケニアは標高の高い地形が特徴であり、世界中から優秀なランナーが集まってくるので練習パートナーには事欠かさない。そんなあえて過酷な環境で自身を追い込んでいる大迫だからこそ、東京マラソン2023においても自身のベストを尽くすことにフォーカスしている。海外の招待選手や他の日本人選手の動向にペースを乱されることはないようだ。

「東京マラソン2023では、いつも通りに自分の走りに集中してどうレースを作っていくかということしか考えていないですね。“大迫vs.海外勢”とか“大迫vs.日本勢”という風にメディアやファンが盛り上げてくれることには感謝します。ただ、そうした周囲の声に自分が乱されることはありません。あくまでも自分はどこまで練習で積んできたことを実践できるか、どこまで自分の走りに挑戦できるかにしか興味がないんです。 」

大迫には自分を貫ける強さがあるからこそ、アフリカ勢が席捲する現在のマラソンでも世界基準の勝負を挑んでいける。自分のテリトリーをしっかり持っているからこそ、ここぞという場面で自分の力を最大限に発揮できるのかもしれない。ただ、コロナ禍の開催だった東京マラソン2020と比較しても、大会への期待値は高いようだ。

「東京マラソン2023もここ数年で一番盛り上がる大会になると思います。沿道などでも応援してもらえる環境が戻ってくることは、僕自身のモチベーションにもなります。」と東京マラソン2023ではこれまで当たり前だったマラソン大会の在り方が帰ってくることに期待感を示していた。

大迫傑が大切にする「内側の時計の針を進めること」とは

マラソンは42.195キロをどれくらいのタイムで走れるかを競うのが基本となる。しかし、大迫は時間についての概念についても独自の見解を語った。

「人はそれぞれ自分の時間軸で動いているんです。つまり、他の人の時間軸では動いていないんですよ。だから、誰かのペースに合わせたり、 誰かに負けないように頑張ったり、誰かに足並みをそろえたりすると疲れてしまいます。そうやって自分の時間を生きられない人たちはストレスを多く抱えることになるはずです。

だからこそ、自分自身が刻む内側の時計を進ませることが重要だと思います。よく体内時計などと言われますが、マラソンにおいても、実社会においても自分のペースを確立できている人は強いですよね。よく比喩的に“時間が止まっている”という表現が使われますが、それはその人の内側の時計が止まっていることを表しています。マラソンでもフィニッシュを目指すには、一歩ずつ前進していくしかありません。内側にある時計の針を自分の意志で進めることが大切です。そうした原動力は人生にも通じていると思います。 」

常に自らの意志で内側の時計を進め、さまざまな時を動かしてきた男だからこその説得力のある考え方だ。「ランナーは自分の内側にある時間を大切にして走ることをおすすめします。」と市民ランナーへのアドバイスで締めくくった。

また、大迫自身の今後については、「常に自分は一歩先を行く人でありたいですね。そうしたみんなの時間を進められる人がリーダーとなり、世の中を動かしていくと思います。僕自身も多くの方を引っ張っていける存在になりたいですし、一歩先を行くことでみんなの時間を動かしていきたい」と力強く宣言した。

誰も成し遂げたことのないことを次々に実現してきた、日本陸上競技界の革命児の一挙手一投足に今後も目が離せない。そして、間近に迫った東京マラソン2023ではどんな走りを見せてくれるのか。周囲の期待感は高まるばかりだ。セイコーは、東京マラソン2023のオフィシャルタイマーとしてランナーたちの感動を刻み続ける。

大迫傑

陸上競技選手
大迫傑

中学校で本格的に陸上競技を始め、佐久長聖高校、早稲田大学と駅伝の名門校を渡り歩く。2013年モスクワ世界選手権10000m代表にも選出され、卒業後は日清食品グループ、ナイキ・オレゴン・プロジェクト(アジア人史上初)を経てナイキ所属のプロランナーに。2018年シカゴマラソン・2020年東京マラソンにおいて2度のマラソン日本記録を更新。2021年東京五輪男子マラソンにて6位入賞を果たした。現在はSugar Elite主宰で、株式会社Iの代表を務める。

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