SEIKO  HEART BEAT Magazine 感動の「時」を届けるスポーツメディア

検索

文 久下真以子
写真 落合直哉
イラスト 森彰子

10月〜3月は多くのランナーが大会に参加するマラソンシーズン!3月には世界の主要大会であるアボット・ワールドマラソンメジャーズの1つである東京マラソン2023が開催されます。海外からの招待選手や日本記録を目指すエリートランナーはもちろん、市民ランナーにとっても日頃の練習の成果を発揮する晴れ舞台となるでしょう。

しかし、多くの市民ランナーがまず目標にするサブ4(フルマラソンを4時間以内で走りきること)を目指す方や初めてフルマラソンに挑戦する方の中には、「タイムをもっと縮めたい。」「無事に完走できるか不安。」と自己ベスト更新や走破において不安を抱いている方もいるかもしれません。そんな市民ランナーの方に注目してもらいたいのが『ペース配分』です。フルマラソンは42.195キロという長旅なだけに、「1キロを何分で走るか?」を指標にペース配分を考えることが重要になります。

そうした市民ランナーの悩みを解消すべく、女子マラソン元日本代表でスポーツジャーナリストとして活躍する、“細かすぎる解説”でお馴染みの増田明美さんにアドバイスをいただきました。市民ランナーにおすすめのペース配分や増田さんのペース配分に関する考え方とは。

増田さんがワンポイントアドバイス!マラソンの3つのペース配分比較

フルマラソンで好記録を残すためには、まずは自分にはどのペース配分が合っているかを把握することが大切です。ペース配分は大きく分けて、『イーブンペース』『ネガティブスプリット』『ポジティブスプリット』の3つに分類されます。それぞれの特徴を増田さんのワンポイントアドバイスとともに紹介します。

▼イーブンペース

イーブンペース説明画像

『イーブンペース』は、文字通り一定の速度で走り続けるペース配分を指します。たとえば、42キロを6時間で走り切る場合に、1キロをおよそ7分のペースでずーーっと走る。一貫して同じペースで走るスタイルです。イーブンペースはエネルギー消費を抑えやすく、もっとも効率が良い走りと言われています。

▼ネガティブスプリット

ネガティブスプリット説明画像

『ネガティブスプリット』は、前半よりも後半にペースを上げる走り方です。世界大会のようにメダルのかかった勝負のレースでは、前半で体力を温存して終盤のスパートに備えるため、結果的に後半が速くなります。市民ランナーの場合は、みんなが疲れてくる後半にどんどん追い抜いていけるので気持ちいいですよ。

▼ポジティブスプリット

ポジティブスプリット説明画像

『ポジティブスプリット』は、ネガティブスプリットとは反対のペース配分です。エリートランナーの場合は、前半から飛ばすことで一気に抜け出して勝負をつけるレース展開が見込まれます。市民ランナーにとっては目標タイムに対して、“貯金”を作れるのが最大のメリットです。貯金を使い果たす前にフィニッシュしないと悲惨なことに…。

増田さんが解説する東京マラソン2023攻略!おすすめはイーブンペース

東京マラソンでのおすすめペース説明画像

ペース配分の異なる3つの走り方を踏まえたうえで、次は増田さんに市民ランナーにとっておすすめのレース展開を聞きました。3月に開催される東京マラソン2023は、記録を狙いやすい高速レースが見どころの大会です。さらに3万人以上のランナーが出走するだけに、初めてフルマラソンに挑戦する方は周囲の雰囲気に飲まれそうになるかもしれません。そんな時でも、あくまでマイペースを貫くための秘訣を聞きました。

市民ランナーにおすすめのペース配分はありますか?

市民ランナーの方には、イーブンペースで走ることをおすすめします。なぜなら、エリートランナーと違ってどうしても後半にペースが落ちてしまう人が多いからです。特に東京マラソンのような大きな大会だと、気持ちが高揚して周りのスピードにつられ、オーバーペース気味になってしまいます。また、東京マラソンのコースは基本的に平坦ですが、序盤の5キロ地点くらいまでは緩やかな下り坂が続きます。ここで「調子が良いかも!」と思って飛ばしてしまうと、終盤になって足に疲れがドッときてしまうかもしれません。

ポジティブスプリットで貯金を作っても、終盤に撃沈して大幅なペースダウンになれば、結果的に目標のフィニッシュタイムをクリアできません。気持ちとしてはイーブンペースで、余力があれば後半でペースを上げるネガティブスプリットを実践できれば理想的。ただ、それも当日の天候や体調にもよるので、市民ランナーの方は一定のペースで走るイーブンペースがおすすめですね。

コースの形状やアップダウンによってもペース配分の設計は変わってくるのでしょうか。

1キロ6分のペースで走ろうとしても、上り坂だとスピードが落ちてしまいます。イーブンペースは同じ“リズム”で走ることが大事なので、上り坂では歩幅を小さくして同じリズムをキープしましょう。人生と一緒で上り坂があれば下り坂もあります。1キロごとのタイムが変動しても一喜一憂せず、5キロ毎でのペースを確認して「5キロで30分だ、よし!」と冷静に。人生楽ありゃ、苦もあるさ~ってね。

増田明美さん 画像

意外にも増田さんの現役時代は、ペース配分をあまり意識していなかったという

写真 落合直哉

増田さんは現役時代、どんなペース配分でレースに臨んでいたのでしょうか。

自分自身を振り返ると、私はペース配分をそこまで細かく考えていませんでした。最初からドーンとハイペースでいって、そのままフィニッシュできる時もあれば、失速する時もありました。トラックの選手からマラソン選手に移行したのでスピードには自信があり、マラソンではそのスピードをどこまで維持できるかにこだわっていました。世界の大舞台の切符を勝ち取った1984年の大阪開催の国際マラソンでは、40.7キロくらいでカトリン・ドーレ選手(東ドイツ)に追いつかれるまでは、スタート直後からずっと先頭で1人旅でしたね。

市民ランナーの中でもサブ3以上を目指す人は、どういうペース配分が求められますか?

3時間を切ることをサブ3(スリー)と言いますが、「サブエガ」という言葉をご存じでしょうか?ランナー界隈では、お笑い芸人の江頭2:50さんになぞらえて2時間50分を切ることをそう呼ぶんですよ!それはさておき、サブ3にしてもサブエガにしても、このレベルのランナーは1キロ何分で走ればいいかは頭に入っているでしょう。1キロ4分ペースで走ると、2時間48分でフィニッシュできますね。つまり、サブエガ達成は1キロ4分以内で走り続けたことへの賞賛とも言えます。

ペース配分にはペース表が大活躍!思い通りに走る方法とは

ペース表の例 画像

ペース設計をするには、ペース表が役立ちます。どのように使用するのがおすすめでしょうか。

解説者やアナウンサーは、ペース表を手元に持って放送に臨みます。記録が期待できるエリートのレースでは1秒単位でペースにこだわりますからね。2023年も大阪開催の国際マラソンで解説をしましたが、1キロ3分19秒で走れば、フィニッシュタイムは2時間19分57秒、3分20秒だと走れば2時間20分39秒というのが解説中でもパッと見てわかるように、自分で資料を作っています。市民ランナーの中には、手の甲に5キロごとの通過タイムを油性マジックで書いている方もいますよね。想定より通過タイムが速いか遅いかを確認しながら走れますが、後半になると文字が薄くなって読めなくなることもあるので、字の大きさや濃さを工夫しましょう。

イーブンペースを守ろうと思っても、周りが先を行ってしまうと焦ってしまいそうです。そんな時はどうすればいいのでしょうか?

多くの市民マラソン大会では、目標タイムを書いたビブスや風船をつけているペースメーカーがいます。ペースメーカーは目標タイムよりも速く走れる人が余裕を持って務めています。だから近くにいるとコースの案内をしてくれたり、激励してくれたりするんですよ。そこには集団という『船』ができるので、自分の目指したいタイムに合わせて、導いてくれる『船』に乗りましょう。

増田明美さん 画像

体内時計で時間が分かるようになるためには、相棒である時計と一緒に走ることをおすすめする増田さん

写真 落合直哉

時計のように正確に、人が人を支えているんですね。

狂いのないペースメイクは、本当にお見事ですよね。エリートレースでペースメーカーを務める選手に話を聞いたら「自分のレースよりも緊張します。」と言うほど、その役割は重要なんです。また、市民マラソンのペースメーカーはラインナー達の目標を叶えてあげたいという優しさにあふれています。決められた時間を刻んでいくペースメーカーは、目標へと導く『幸せ配達人』ですね。

ランニングウオッチをつけているランナーは多いですが、正確に時間を刻む存在は重要でしょうか。

ペース感覚を養うためにも、ランニングウオッチは有効だと思います。ただ、1キロごとにチェックするなど頻繁に気にすると、走ることを楽しめなくなります。5キロごとくらいに確認しながら、フィニッシュを目指すのが良いと思います。それから、完走を目指すランナーにとっては制限時間で閉鎖される関門との闘いがありますよね。うしろから追いかけてくるバスに収容されないためにも、ランニングウオッチをつけて時間を意識できるようにしたほうが良いですね。

体内時計として覚えこませていくというイメージですね。

私が現役のころは、日々の練習の中に体内時計が培われましたね。1キロのインターバル走を3分10秒でいこうと決めたら、400mのトラック1周76秒が目標なので、1周ごとに「75秒8!いいよ!」「76秒7、ここで踏ん張るんだ!」というように、コーチがストップウオッチを見ながらカウントしてくれました。市民ランナーの方は自分の時計をコーチにしてほしいですね。特に練習の時に「今の1キロは6分13秒だ、もう少しペースを上げてみようか!」と時計に言われている気持ちで、時計を相棒に自分の感性を磨くといいですよ。

正確に時を刻む時計とともに。セイコーは東京マラソン2023のオフィシャルタイマー

増田明美さん 画像

増田さんも愛用するセイコーの時計。若い人にもともに時を刻む相棒をぜひ身につけてほしいという

写真 落合直哉

お話を聞いていると、マラソンは本当に時計とともに戦うスポーツなんだと改めて実感させられます。

私がいろいろなレースを見てきた中で印象に残ったのは、東京マラソン2020で大迫傑選手が世界の大舞台の切符をつかみ取った時の表情です。前年のMGC(マラソンググランドチャンピオンシップ)は惜しくも3位に終わり、その時点での代表権を獲得できずにいました。東京マラソン2020でフィニッシュした時は、さまざまな困難を乗り越えて順位とタイムをクリアした喜びと達成感がすべて顔に出ていました。

そして、その瞬間を演出したのがオフィシャルタイマーを務めるセイコーの電光掲示板なんですよ。公式のタイムへの信頼を、その光景の中に見た気がしました。正確な計時計測をするセイコーを象徴するシーンだったと思います。

これからマラソンに挑戦する人に向けて、メッセージをお願いします。

マラソンはその土地を楽しむ、いわば『旅』です。大会で目標タイムをクリアしたり、フィニッシュまで楽しく走ったりするためには、しっかり練習をして走り切れる脚をまず作りますよね。丈夫な脚ができると、マラソン大会だけでなく、旅行や出張先では観光名所を全部走って周れちゃいます。ランナーはそういう人が多いと思います。毎日のランニングでも、ちょくちょくコースを変えると、それだけで『1時間の旅』なんです。家を拠点にして、今度はあっちにいこう、こっちにいこうといってね。QOL(Quality of Life/クオリティオブライフ)が上がっていくので、ぜひ強い脚を作って、旅を楽しんでほしいですね。19時の夕食に間に合うように、相棒の時計も忘れずに。

増田明美

スポーツジャーナリスト・大阪芸術大学教授
増田明美

1964年、千葉県いすみ市生まれ。成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。現役引退後、永六輔さんと出会い、現場に足を運ぶ“取材”の大切さを教えられ大きな影響を受ける。現在はコラム執筆の他、新聞紙上での人生相談やテレビ番組のナレーションなどでも活躍中。2017年4~9月にはNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の語りも務めた。日本パラ陸上競技連盟会長、全国高等学校体育連盟理事、日本障がい者スポーツ協会評議員。

RECOMMENDあなたにオススメの記事

Seiko HEART BEAT Magazine

夢中になれるスポーツがある、
アスリートの熱い意志と躍動感を。
あなたの人生の「時」を豊かにしていく
ワクワクドキドキするストーリーを届けます。

HEART BEAT Magazneトップ