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文 大西マリコ
写真 落合直哉
スタイリスト ミズグチクミコ
衣装協力 レスピーギ

セイコーが26年にわたりオフィシャルタイマーを務める「東レ パン パシフィック オープンテニストーナメント」(以下、東レPPO)がついに帰ってくる。1984年の第1回大会以来、選手やファンから愛され続ける国内最大のテニスの国際女子トーナメントだ。そんな歴史ある国際大会が9月17日(土)より3年ぶりに開催される。センターコートは日本テニスの聖地・有明コロシアム。国際大会仕様のための改修工事を経ての5年ぶりの聖地帰還なだけに、テニスファンを始め、関係者の熱は日増しに高まっている。

東レPPOと言えば、現役時代に日本人女子2人目のシングルストップ10入りし、「ダブルスの女王」として名を馳せ、さらには女子国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング杯」の日本代表監督就任が発表された杉山愛さんの印象が強い。現役最後の舞台に有明での東レPPOを選ぶなど、杉山さんのテニス人生において特別な大会と言っても過言ではないだろう。開幕が間近に迫った「東レPPO 2022」の注目選手はもちろん、ご自身の思い出や引退試合のエピソード、引退から13年の時を経た今思うことなど、杉山さんのテニスへの熱い想いや関わりについて聞いた。

世界トップ選手のプレーを間近で体感!国内最大の女子国際大会

杉山愛さん写真

杉山さん自身もジュニア時代から憧れの大会だったと語る東レPPOの魅力を聞いた

写真 落合直哉

今回で第37回を迎える東レPPO。国内外で注目度が高い大会ですが、選手にとってはどんな位置づけなのでしょうか?

東レPPOは、アジア開催の女子国際大会の中でもっともグレードの高い権威あるトーナメントです。テニス界で最高峰の大会であるグランドスラム(全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープン)は128選手が参加しますが、東レPPOのエントリーは32選手。グランドスラム優勝経験者を筆頭に国内外のトップ選手が集まるので、1回戦から本当にレベルの高い試合が繰り広げられます。私自身も、ジュニア時代から「東レPPOに出たい!」と目標にしていたくらい憧れの大会でした。

コロナ禍の影響もあり、3年ぶりの開催で話題になっています。さらに5年ぶりに聖地・有明での開催ということでも注目されていますよね。

まだ以前までの日常に戻りきっていない部分はありますが、こうして少しずつでもテニス大会が当たり前に行われる環境が戻ってくるのはとても喜ばしいことですよね。しかも久しぶりの開催が日本テニスの聖地こと有明です。選手はもちろん、テニスファンにとっても気合いが入らないわけがないですよね!

杉山愛さん選手時代の写真

センターコートは有明コロシアム。杉山さんも東レPPOを始め多くの大会で日本テニスの聖地でプレーした

写真 Belly Button

杉山さん自身も現役時代に何度も出場し、現役最後の大会はまさに有明での東レPPOでした。特別な想いがある大会かと思いますが、印象に残っている出来事はありますか?

大観衆の中で初めて試合をさせていただいたり、プロになってからはワイルドカードをいただいて出場したりと、本当にたくさんの思い出がある大会、そして場所ですね。

プロになる直前の高校1年生の時に、初めて予選に出場したことを今でもよく覚えています。マルティナ・ナブラチロワ選手との対戦が決まった際は本当にドキドキでした。シングルス・ダブルス・混合ダブルスのすべてでグランドスラムを制し、WTAツアー通算344タイトルを誇ったまさにレジェンドと呼べる存在です。

でもアマチュアの自分にとってすごいチャンスだと気持ちを切り替えて、「胸を借りるつもりで思い切りやってみよう!」と全力で挑みました。最終的には負けましたが1セット取れたことは、その後のテニス人生の自信になりましたね。この時の記者会見で、ナブラチロワ選手が私について「日本から面白い、すごく楽しみな選手が出てきたわね。間違いなくトップ10に来るわ」と言ってくれました。それは私が本格的にプロになろうと思ったきっかけの1つになりました。

高校生でも世界のトップと戦えるチャンスがあるなんてすごいことですよね。ちなみに東レPPOでは、セイコーが26年間にわたりオフィシャルタイマーを務めていますが、そのことについてはご存知でしたか?

もちろんです!セイコーさんは昔からテニスをサポートしていただいている印象があります。男子の大会ですが、セイコー・スーパー・テニスを始め、オフィシャルタイマーとしてとても身近に感じていました。テニスにはポイントが決まってから次のサーブを打つまでに定められた制限時間である「ショットクロック」というルールがあり、25秒以内に次のプレーをする必要があります。選手は時間を気にしながら試合をしているので、オフィシャルタイマーの存在は本当に重要です。

しかも、こうした国際的な大会で日本の企業がサポートしているのは本当に心強いですし、テニスをやっていた者、テニスに携わる者として非常に感謝しています。

杉山愛さん選手時代の写真

東レPPOではセイコーが26年間にわたりオフィシャルタイマーを務める。

エントリーの中で注目している選手と、その理由について教えてください。

やはり、3年前の前回大会覇者の大坂なおみ選手ですよね。2022年1月の休養明けからはまだ本調子ではなさそうですが、年間通してずっと調子の良い選手はいないのがテニスです。彼女の場合は、調子が上がってきた時のポテンシャルは世界のトップクラスなのは間違いありません。何がどういったきっかけで復調するかは選手自身も分からない部分があるので、今大会がそのきっかけになれば良いなと思っています。

後はパウラ・バドーサ選手(スペイン)やアリーナ・サバレンカ選手(ベラルーシ)、ガルビネ・ムグルッサ選手(スペイン)、ダリア・カサキナ選手(ロシア)らランキング一桁台の選手ですね。日本国内で女子の世界トップ選手たちのプレーを間近で体感できる機会は東レPPO以外にはありませんよ。

ファンや仲間と過ごした、有明での現役最後の時間

杉山愛さん東レPPO引退セレモニー

2009年の東レPPOでは大会開始前に杉山さんの引退セレモニーが行われ、多くの仲間が駆けつけた

写真 Belly Button

杉山さんと東レPPOと言えば、やはり2009年の引退試合のお話を聞かないわけにはいきません。現役最後の舞台に、グランドスラムではなく東レPPOを選んだのはどんな理由からでしたか?

日本のファンの皆さんの存在が大きかったですね。選手にとって観客やファンの存在は本当に大切で、コートの雰囲気を作ってくれたり頑張るためのエネルギーになったりします。応援してくれる方々がいるからこそ厳しい現役生活を乗り切ることができたと思っています。

私自身、17年間プロ生活を送る中で、特に日本のファンの方に応援していただいたという思いがありました。なので、「最後は日本のファンの方の前で終わりたい」という気持ちが強かったんですよね。

大会開始前に引退セレモニーが行われ、ダブルスの決勝戦は大会史上最多9513人の観衆が見守りました。杉山さんのお名前の通り、まさに“愛”に溢れた大会となりましたが、改めて当時を振り返ってみていかがでしたか?

トップ選手やダブルスを組んでいる仲の良い選手、後輩たちもみんな集まってくれて、とても貴重な時間を過ごせました。普段はくだらない話ばかりしている仲間ですけど、その時は1人ひとりが心のこもった熱いメッセージをくれて「なんて私は恵まれた中でプロ生活を送っていたんだ。この仲間がいたから17年戦い切れたんだな」と感じて、今思い出しても涙が出るくらい感動的でしたね。

杉山愛さん選手時代の写真

「彼女が隣にいてくれて良かった。」と語るほど、杉山さんとダニエラ・ハンチュコバさんのペアは互いを信頼し合っていた

写真 Belly Button

ダブルスでは日本人選手として大会史上初の決勝に臨み、公私ともに仲の良いダニエラ・ハンチュコバ選手と準優勝という輝かしい成績を収めました。最後の戦いはどんな気持ちでしたか?

シングルスでは珍しく体調を崩してしまい、不甲斐ない思いでした。ダブルスが始まる時も体調が戻りきっていなかったので決勝ではちょっとホッとしている自分がいました。「最終日まで勝ち進められた」という安心感というか、「なるべく長くコートにいたい、最終日まで戦いたい」という気持ちでやっていたので、そこが果たせたことでホッとしている自分がいました。

ダニエラは今でも一番仲良く、SNSでもよく話しています。決勝戦は負けちゃったんですけれど、現役最後の瞬間に彼女が隣にいてくれて良かったと思っています。テニスを通して苦楽をともにし、分かり合える仲間が得られたことは私にとって何よりの財産です。

現在は若い世代と日本テニス界の活性化に邁進

杉山愛さん写真

引退後13年経ったが、テニスへの情熱が冷めることはない。ジュニア世代の育成にも精力的に取り組んでいる

写真 落合直哉

ここからは、杉山さんの「今」について教えてください。引退から13年が経ちましたが、改めて、13年という時を振り返っていかがですか?

「短かった」と言ったら嘘になりますかね。結婚して子どもも生まれて、テニス一筋だった現役時代とは生活も大きく変わりました。テニスとの関わりで言うと、やはり自分は「テニスに育ててもらった」という気持ちが大きいので、距離感や関わり方は変わりましたが一生テニスに関わっていきたいと思って現在も活動しています。

テニス界全体では、13年の間に錦織圭選手が2014年全米オープンで準優勝しましたし、大坂なおみ選手というスーパースターが出てきて男女で世界のトップを目指せる時代になりました。しかし、日本テニス界は盛り上がり切れていないのが現状です。2人がいる間に日本のテニスをもっと底上げをして、広げていくことが私自身にとっても課題となっていますし、テニス界全体としてやっていかなければいけないという責任を感じています。

解説やジュニア育成など、現在もテニスと密接に関わっていらっしゃいますよね。特に最近は次世代育成に力を入れている印象があります。2022年6月に設立された「JWT50」(※Japan Women's Tennis Top50 Club/伊達公子さんや杉山愛さんらを中心に世界ランク50位圏内経験者8名が集結し、経験をジュニア世代に還元する新団体)では理事に就任されましたが、どんな想いがありますか?

女子テニスではトップ100に日本人選手が10人くらいいた華やかな時代がありました。その時代を「もう一度取り戻そう!」「日本人はもっとできるはずだよね!」という想いから生まれたのが「JWT50」です。伊達公子さんが私に声をかけてくださり、いろいろと話していくうちに「トップ50経験者はトップ50に入れるだけの理由があったはず」という思いに至りました。実際の活動としては「メンタリング」といって、ジュニアの選手たちに自分たちの経験を話したり、困っていることに対して質問に答えたりするセッションを何度か行っています。

いかにみんなを世界へ、そしてさらにはトップ100、トップ50に押し上げていけるかというのが「JWT50」の中では大きな課題です。しかし、8人も元トップ50の選手がいて、その経験やエッセンスを少しでも若手に伝えることができたらジュニア選手たちが活躍する原動力になるのではと信じています。

杉山愛さん写真

女子国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング杯」の日本代表監督にも就任した杉山さん。日本テニス界のさらなる発展のために奔走する

写真 落合直哉

セイコーも「JWT50」のようにアスリートの次世代教育に力を入れているのですが、こうした企業の取り組みについてはどのような印象を持たれていますか?

素晴らしい活動だと思います。競技上達だけでなくスポーツを通して自分のことを知ることができ、人として成長できる点においても素晴らしいことだと感じています。

私自身もテニスに育ててもらいましたし、スポーツには無限の可能性があると思うんですよ。でも、社会から見たスポーツの位置づけはまだまだ低く、理解されていない部分もあると思うので「スポーツ文化の確立」という意味でも、スポーツの次世代教育は大切なことだと思います。

ホットな話題としては、2023年からの国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング杯」の女子日本代表監督への就任が発表されましたね。どんなことを意識して、選手たちと時を過ごしたいですか?

「この人と一緒に戦いたい。」「このチームだったら一緒に戦いたい。」と選手がワクワクできるような雰囲気というか、チーム作りをしていけたらと思っています。

もちろん技術的なところで分からないことがあればサポートしますが、選手1人ひとりによって監督へのニーズは違うはずです。だからこそ、監督は何かを決めつけるのではなく柔軟に、フレキシブルに対応できることが求められていると思います。まずは選手が伸び伸びと自分の力を出せる環境づくりをしてあげることが大きな仕事の1つだと感じています。

杉山愛

元プロテニスプレーヤー
杉山愛

1975年7月5日生まれ、神奈川県出身。4歳でラケットを握ると、15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位に輝く。17歳でプロに転向し、34歳まで17年間のプロツアーを転戦。五輪には4回連続(アトランタ、シドニー、アテネ、北京)出場を果たし、WTAツアーではグランドスラムの女子ダブルスで3度、混合ダブルスでの1度の優勝を筆頭に、シングルス優勝回数6回、ダブルス優勝回数38回を誇る。2009年10月、東レ パン パシフィックオープンを最後に現役を引退した。

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