SEIKO  HEART BEAT Magazine 感動の「時」を届けるスポーツメディア

C-NAPS編集部
photo by AFLO SPORT

世界陸上競技選手権大会(世界陸上)や東京マラソンなどの国際大会は、己の限界と記録への飽くなき挑戦を続けるアスリートにとって紛れもない至高の舞台だ。血のにじむような努力を重ね、100分の1のタイム短縮、0.01mでも遠い飛距離を大会本番で発揮できるのか――。その一瞬一瞬にアスリートの生き様が体現される。

しかし、世界陸上などの国際大会の主役はアスリートだけではない。大会を支える“舞台裏の主役”が必ず存在する。その1つが「セイコータイミングチーム」だ。セイコーは、2022年7月にアメリカ・オレゴン州ユージーンで開催される世界陸上のオフィシャルタイマーを務める。計時計測のプロフェッショナルであるセイコータイミングチームにとっても世界陸上は崇高な舞台。大会を控えるタイミングチームに世界陸上への想いと、舞台裏から計時計測によってアスリートを支えることの矜持について聞いた。

正確な「時=タイム」を届けることがタイミングチームの使命

セイコーのタイマー 写真

すべての選手に平等に正確な「時」を届ける。それがタイミングチームの使命であり、責任だ

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計時計測は非常にシビアな世界。100分の1秒の違いで、順位や記録更新に大きな影響を与える。それだけにタイミングチームのメンバーは、常日頃から計時計測の正確さ・精密さを求められているのだ。

「計時計測では“絶対にミスが許されない”ため、本番前の機材テストの段階から緊張感を持って取り組んでいます。ミスが許されない中でも、“機械に絶対はない”んです。」

“機械に絶対はない”ことを知りつつも、“絶対にミスが許されない”仕事をこなさなければならない。彼らの仕事にかかるプレッシャーは並大抵のものではないだろう。だからこそミス防止のためにあらゆる予防線を張っているという。

「機材の故障を常に想定したうえで、バックアップの計測についても準備しています。たとえば、1つの種目の計測でも複数の機材を使用するなど、あらゆる事態を想定した体制を整えています。また、大会前には競技連盟や審判などの関係者とアクシデント発生時の対応について緻密に打ち合わせを行い、絶対に計時計測ミスが発生しないように徹底しています。」

そうした抜かりない準備をしているタイミングチームだが、やはり大会が始まってみるまで何が起こるかは分からない。特に緊張するのが最初の種目だ。

「大会の最初の種目の計測が緊張のピークですね。もちろん、本番環境での事前の機材テストは抜かりなく行いますが、“本番は本番”。やはり機材テストとは異なるので、機材トラブルが発生しないか緊張する瞬間です。問題なく最初の種目を終えられると、ひとまず安心ですね。」

機材テストをするタイミングチーム 写真

“タイムは責任”という言葉が、タイミングチームの苦労や重圧を物語っている

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世界陸上では種目が次々と行われるため、緊張が解けてからは常に計時計測でさらに慌ただしくなる。そんなタイミングチームに「時」の考え方について聞くと、使命感に満ちた答えが返ってきた。

「私たちにとって“「時」とは「タイム」と同義であり、すなわちそれは「責任」”だと考えます。すべての選手が限られた時間の中で競技に打ち込んでいるんです。だからこそタイミングチームとしては、すべての選手に平等に正確な「時」を届けることが大切だと思っています。」

“タイムは責任”。非常にシンプルだが、タイミングチームの使命感や役割を集約した表現だ。その言葉の重みに、タイミングチームの矜持が垣間見られた。

世界陸上オレゴン22に向けてのタイミングチームの準備

機材を配置する様子 写真

計時計測にはさまざまな機材が必要になる。大量の機材をオレゴンの会場に輸送するのも一苦労だ

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2022年の世界陸上の舞台はアメリカ・オレゴン州ユージーン。国際大会は当然、国外で行われることが大半だが、その準備やインフラ関係の整備は国内の大会と比較しても困難を極めるという。

「電源供給など計時計測機材の運用にあたってのインフラ関係での苦労は絶えませんね。国内であればほぼ問題なく用意されるものであっても、海外では用意されていないことも多く、そういった場合、臨機応変な対応が求められます。

今回はオレゴン大学内のスタジアム(ヘイワードフィールド)での大会開催での大会開催となります。スタジアムが通常の大会と比べても狭いため、機材の配置も難しいですね。大会ごとに配置等などが変わるため、毎回事前の現地確認を綿密に行う必要があります。」

海外拠点のメンバーと会話している様子 写真

タイミングチームでは、関係者とのコミュニケーションが必須。特に海外拠点のメンバーとの意思疎通や認識共有は不可欠

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大会ごとに異なる環境となるが、それぞれの地でプロフェッショナルな仕事をこなすことが求められる。だからこそ、事前準備や関係者とのコミュニケーションは必須だ。タイミングチームは海外拠点で活躍するメンバーも多数いるだけに、意思疎通や共通認識は重要になる。

「現地におけるタイミングチーム内でのコミュニケーションでも難しい点はあります。国際大会のため、多くの日本人以外のスタッフも計時計測に携わります。今大会では日本人が15人ほどであるのに対して、外国のスタッフが50人ほどです。円滑に計時計測を進めるうえで、彼らとは細かいところまで密な連携を取る必要がありますね。」

また、会場への機材輸送もタイミングチームの活動においての悩みの種となっている。

「昨今の国際情勢の中で機材輸送がとても大変な状況です。世界陸上では大量の機材を使用するため、日本とイギリスから機材を会場まで輸送します。陸空海のあらゆるルートの可能性を検討し、大会に絶対に遅れないよう手配しています。」

インフラの整備、コミュニケーション、機材の搬入。やるべき仕事は山積しているタイミングチームだが、大会に至るまでの準備も多忙を極める。具体的には下記のスケジュールで準備を進行しているという。

【世界陸上オレゴン22・タイミングチーム主なスケジュール】
7/3~9  機材開梱・メンテナンス(輸送時に故障の有無を綿密に確認)
7/10   会場への機材設置
7/11~12 機材テスト(機材の表示などを確認)
7/13~14 選手の事前確認の立ち会い(タイミングチームメンバーが機材操作し、スターティングブロックやスタート音などを選手がチェックする。審判へのレクチャーも実施)
7/15~  本番
※上記スケジュールはあくまで予定であり、変更になる可能性があります

セイコーのハイスピードカメラ 写真

世界陸上オレゴン22ではセイコーのテクノロジーを結集したJMSが導入される

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非常に綿密にスケジュールが組まれており、準備には抜かりがないようにみえるが、本番前に心配事もあるという。それが新機材の使用についてだ。

「種目にかかわらず、新機材を使用する際には大変さがあります。長い間使用し続けている機材と比較しても、新機材は想定されるトラブルを洗い出すのに時間がかかるものです。もちろん、限られた時間の中で直前までテスト大会などで運用を重ねてトラブルがないように徹底しますが、本番で使用する際はとても気をつかいます。」

世界陸上オレゴン22で導入される新機材の目玉は、跳躍種目の判定をより正確にすることを目的とした跳躍踏切判定システム「JMS(Jump Management System)」だ。

「JMSは、オレゴンでの世界陸上の前にイギリスで行われる大会でも実際に競技で使用し、その後にオレゴンに搬入します。

特徴としては、300FPSのハイスピードカメラを用いて、走幅跳と三段跳の踏切判定を行える点ですね。オペレーターが選手の踏切映像をキャプチャすると踏切の瞬間の画像がモニターに表示されるので、審判員が踏切の瞬間を選択し合否を判定します。踏切板の横に設置されたランプが、有効試技の時は緑色、無効試技の時には赤色に点滅し結果を知らせてくれます。選手もピット脇のモニターで自身の踏切判定画像を確認できるので、判定にも納得感が出ます。また、判定と同時に踏切ラインから選手の踏切位置までの距離も測定し情報提供できる点も特徴です。」

アスリートが研鑽に励み、己の肉体を進化させるように、タイミングチームも最新のテクノロジーをアップデートして大会に臨む。アスリートとテクノロジーの双方の最先端の進化が見られるのも、世界陸上の醍醐味だと言えるだろう。

ハイスピードカメラの映像を確認する様子 写真

JMSはセイコーの最新のテクノロジーが駆使された世界陸上オレゴン22の目玉となる新機材だ

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セイコーの技術力を発信でき、世界記録の瞬間に立ち会える場

セイコーのタイマー 写真

世界記録が出る際は選手や関係者はもちろん、タイミングチームにとっても特別な瞬間となる

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アスリートのかけがえのない瞬間を支えるうえで責任と重圧は常につきまとう。しかし、タイミングチームの仕事には、それを上回る感動や喜びがあるそうだ。

「世界記録が出た際は、会場中が一体となって地鳴りにように震えるのを感じます。関係者も選手もチームメイトもライバルも関係なくみんなが一緒に喜べるところがたまらなく素敵な瞬間です。計時計測という方法で一生忘れられない感動の瞬間に貢献できるのは、タイミングチームならではの喜びでしょう。」

そんな格別な感動や喜びを享受できる世界陸上は、通常は2年に一度だが、今回は2019年のドーハ大会から3年ぶりの開催。それだけに選手はもちろんのこと、関係者にとっても待ちに待った晴れ舞台となる。世界陸上を担当する意義についてはこう答えてくれた。

「世界陸上が国内大会と大きく異なる点は注目度です。世界中から注目される大会で計時計測を務めることは、大きなやりがいを感じますし、それと同時に大きな責任もあります。各種目で世界のトップアスリートの計測ができること、また、世界記録の瞬間に立ち会えることをとても楽しみにしています。また、国によって注目される競技が異なることも、世界陸上のような国際大会で計時計測を担当する面白さです。」

やりがいがあるからこそハードなスケジュールも乗り切れる。だからこそ、大会終了までやり遂げた際の充実感は格別のようだ。

「計時計測を通して競技運営に貢献し、その結果、選手や関係者、観客の笑顔を見ることができたときは喜びを感じます。そして、大会の全種目が無事終了した瞬間は、言葉では言い表せない安堵感がありますね。大会期間中は朝から晩までスケジュールが詰まっているので、全種目が終了した後にタイミングチームのみんなで打ち上げをしたりする瞬間が楽しみです(笑)。」

セイコーのタイマー機材 写真

世界陸上はセイコーの技術を発信する舞台でもある。次世代の技術革新を目撃しよう

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最後に今後の展望については、力強くさらなる進化について宣言してくれた。

「世界陸上のような国際大会で実際に計時計測をする姿を通して、セイコーの技術を世界の陸上ファンに知ってもらいたいです。計時計測も常に進化が求められているので、今回のオレゴン大会がゴールではなく、次の大会につながる通過点にできればと思っています。」

世界陸上オレゴン22での世界のトップアスリート、そしてセイコータイミングチームの活躍がいまから楽しみで仕方がない。また、今後の世界陸上では、計時計測に誇りと信念を持つセイコーのどんな技術革新が見られるのだろうか。今からワクワク感が止まらない。

Seiko Timing Team

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