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文 C-NAPS編集部
写真 フォート・キシモト

氷上でステップやスピン、ジャンプなどの技を取り入れた滑走演技を行うフィギュアスケートは、観る者を魅了する美しい競技です。数あるウインタースポーツの中でも群を抜いた人気を誇ります。会場やテレビでの観戦を通して、華やかで優雅に舞う選手たちの姿に心を打たれた方も少なくないでしょう。

そんな多くの方が興味・関心を抱くフィギュアスケートですが、華麗な表舞台ばかりに注目してしまうがゆえに、意外と選手目線での話や競技の裏側についてはあまり知られていません。今回は元フィギュアスケート選手で、現在はプロスケーターや振付師として活躍する安藤美姫さんに話を聞きました。フィギュアスケート観戦におけるギモンについて選手目線で答えてもらいました。

スケートリンクの氷は会場によって異なる?

テレビなどでフィギュアスケートを観戦する際、多くの方は競技そのものや選手に注目するでしょう。しかし、ふとした瞬間に「会場の氷はどうやって作っているの?」などの疑問が生じることもあるはずです。そうしたウインタースポーツならではの素朴な疑問を安藤さんに聞きました。

アイスマンが整備している様子

写真:フォート・キシモト

スケートリンクの氷は国によって、または会場によって滑りやすさは異なるものなのでしょうか?

安藤「リンクの氷などの環境面は、国だけではなくすべての会場で異なります。氷のもととなる水の濃度だったり、会場の湿度によって柔らさや滑りやすさが違うんです。アメリカやカナダなどNHLがあってアイスホッケーが盛んな国では、リンクが4面も整備されている会場もありますね。複数のリンクがある会場ではプラクティスリンクとメインリンクに分けられていることも多いのですが、練習用と本番用でもリンクですら氷の質が変わってくるくらいです。なので、同じ環境のリンクは1つとしてないと考えたほうがいいですね。ちなみにリンクの氷はアイスマンの方々が日頃から整備してくれているので、滑る時はいつも良い状態に保ってくれています。」

ジャンプの秘密。選手は目が回らないって本当?

フィギュアスケートの見どころの1つがジャンプやスピンなどの華麗な回転技です。安藤さんは女子で初めて4回転ジャンプを成功させるという輝かしい実績がありますが、そうした高度な回転技を繰り出す際に目が回ることはないのでしょうか。また、ジャッジする審判は、どうやって回転数を把握しているのでしょうか。

安藤美姫 ジャンプ

写真:フォート・キシモト

ジャンプなどの回転技の際に、選手の視点はどこにあるのでしょうか?

安藤「私の場合は、ジャンプの時に視点は気にしてはいませんね。また、一般的にも視点ありきでジャンプの指導はしないと思います。フィギュアスケートにおける4回転ジャンプは0.7秒ほどだと言われています。そんな一瞬の間にどこを見るかを意識はしないですね。あえて言えば、どこも見ていないんだと思います(笑)。視点を意識するよりも、ジャンプ前の準備や踏み切る瞬間に神経を傾けていますね。」

意外にもジャンプにおいて、視点はそこまで重視されないのですね。では回転技を繰り出す際に、なぜ選手たちは目が回ることがないのでしょうか?

安藤「それこそ視点の話であれば、バレリーナのピルエット(回転)をイメージしてもらえれば分かりやすいと思います。バレリーナは回転する際に顔を残して一点を見続けます。だから目が回りにくいんですよね。でもフィギュアスケートの回転技は、顔を残さないので目が回らない理由が異なります。スケーターが目が回らないのは、小さい頃から三半規管を鍛えているからなんですよね。回転技を初めてチャレンジした際は目が回りましたし、ずっとトレーニングをし続けることで慣れました。私は三半規管が強いので、絶叫系の乗り物とかでも目が回ることはないですね。」

回転技で目が回らないのは、努力の賜物なんですね。ちなみに選手がジャンプで回転する際はものすごいスピードですが、審判は回転数をどうやってジャッジしているのでしょうか?

安藤「フィギュアスケートは事前に提出する演技構成表のプログラムに沿って演技をするので、審判もどういうジャンプを跳ぶ予定なのかはあらかじめ把握しています。なので、ジャンプの種類を間違えていないか、回転不足になっていないかを目視で判断することは十分に可能だと思います。審判はジャッジのスペシャリストの方々なので。フィギュアスケートは人が見て判断する競技なので、3名の審判が違う角度から技の成功しているかどうかをジャッジします。判断に迷う場合は、それぞれの審判が意見を出し合って決めることもあります。」

一ミリの妥協も許さない、自分らしさを表現する衣装

フィギュアスケートは他のスポーツとは異なり、演技の美しさや華麗さで順位が決まる競技です。それだけに独自の慣習や文化が存在します。鮮やかな衣装やメイクなどもその1つでしょう。ではなぜそうした慣習があるのでしょうか。

安藤美姫 演技の写真

写真:フォート・キシモト

キス&クライもフィギュアスケート特有の慣習だと思いますが、あの場面ではどんな話をしているのでしょうか?

安藤「話す内容は本当に人それぞれだと思います。ただ、基本的には演技についてどうだったかをコーチと話す感じですね。表情が明るくてコーチと盛り上がっている選手はパフォーマンスが発揮できたことが分かりますし、反対に暗い表情でいる場合は納得いく演技ではなかったことがすぐに分かりますよね。今でこそ当たり前になりましたが、昔は全日本選手権でもキス&クライはなかったんですよ。テレビ中継が入るくらいフィギュアスケートが注目されているからこその慣習ではあるので、非常にありがたいことだと思っています。」

キス&クライは昔はなかったというのは驚きですね。ちなみに煌びやかな衣装もフィギュアスケートの特徴だと思いますが、安藤さんはどんなこだわりを持っていますか?

安藤「私は衣装にはかなりこだわります。若い頃はプロの方にお任せしていましたが、ニコライ・モロゾフ先生と出会って考え方が変わりましたね。“フィギュアスケートはジャンプだけではないんだよ。曲に合わせて世界観を表現することが大切なんだよ”と教えていただき、より自分らしさを表現できる衣装にこだわるようになりました。本当にデザイナーさんには申し訳ないくらい、一切の妥協もせずに自分の意見や想いを反映させた衣装もありますね。」

素敵な衣装にはそんな想いが込められているんですね。ちなみに安藤さんはメイクやネイルにもこだわりを持っていらっしゃる印象ですが。

安藤「フィギュアスケート選手のメイクが濃いと感じる方もいるかもしれませんが、それには理由があるんです。テレビ中継でアップで抜かれた際は、確かに濃く見えると思いますが、それは“舞台メイク”だからなんですよ。“美姫はテレビ映りのために演技しているの?違うでしょ?フィギュアスケートは、会場に集まったお客さんが1人ひとりの演技に注目する競技なんだよ”とモロゾフコーチに言われて意識が変わりました。会場のリンクから遠い席からでも表情が伝わるメイクを心がけています。ネイルももちろん好きでこだわっていますね。昔はネイルクイーン賞が取りたいという理由もありましたが(笑)。」

ファンからもらって嬉しかったプレゼントと印象的なエピソード

安藤美姫 写真

写真:フォート・キシモト

フィギュアスケートには演技後に選手にプレゼントをあげる慣習がありますが、もらって嬉しかったプレゼントなどはありますか?

安藤「もちろん、ファンの方からいただく物はすべて嬉しいんですが、手紙は特に嬉しいですね。応援してくれる方からのメッセージがダイレクトに伝わりますので。今はSNSの時代なので、手紙という形ではなくても選手に直接想いを伝えることもできるようになりましたね。でも直筆のメッセージにはより伝わるものがあると思います。」

何か手紙に関する印象的なエピソードについても教えていただけますか?

安藤「2011年のことです。あの年は東日本大震災があった影響で、東京で開催予定だった世界選手権が延期になり、モスクワでの代替開催となったんですよね。私は震災時に福岡で調整していたので直接的な被害などはなかったんですが、多くの方々の日常が一瞬で奪われる出来事にすごくショックを受けていて、正直、スケートに身が入らない日々が続いていたんですね。“こんな時期に世界選手権に自分が出場していいものなのか”と本気で思っていました。

そんな最中でもらったのが、一通の手紙でした。そこには“いつも応援しています。美姫さんのスケートに勇気をもらっています”という内容が書かれていたんですよね。“自分のスケートにはこんな力があるのか”とむしろ私が背中を押してもらえた気がしました。世界選手権には日本代表として出場できる権利があったので、初めて自分のためではなく、応援してくれている人たちや震災で苦しんでいる人たちのために国を代表して出たいと思ったんですよね。結果、世界選手権では優勝できましたし、本当に私にとって意義深い手紙でした。」

選手一人一人の美しさに注目して観戦するとより楽しい

安藤美姫 演技の写真

写真:フォート・キシモト

非常に素敵なエピソードを聞かせていただき、ありがとうございます。ちなみに安藤さんはセイコーに何か思い入れがあるようですが、その話もお聞かせください。

安藤「セイコーさんと言えば、やはり時計ですね!フィギュアスケートでは試合後に選手たちが集まるバンケットというパーティーのようなものがあるんですが、そこでありがたいことにセイコーさんの時計を何回かいただいたことがあります。日本人に合うシンプルなデザインのセイコーさんの時計がすごく好きで、カジュアルな場面でも使い勝手が良い点で気に入っています。また、スポンサーであったり、フィギュアスケート競技システムにおける大会運営だったり、さまざまなスポーツを支えていただいているので現役時代から感謝しています。小っちゃくてかわいいミニタイマークロックも、実は持っているんですよ(笑)。フィギュアスケートの演技も、セイコーさんの時計作りや計時計測も、すごく繊細で職人気質なところに共通点がありますよね。クラフトマンシップという部分で通じるものがあると感じています。」

安藤さんがこんなにもセイコーと関わりがあるとは思いませんでした(笑)。では最後にフィギュアスケート観戦を楽しみにしている方に一言メッセージをお願いします。

安藤「フィギュアスケートは自分にいかに集中できるか、自分をいかに表現できるかが問われる競技です。自分と人を比べて落ち込んだり、自信を失ったりした経験は誰にもあると思います。でも本来は自分らしくあることが大切であり、それこそがすごく美しいことだと私は思います。1人として同じスケーターは存在しませんし、1人ひとりの表現が異なるからこそ美しく魅力的なんです。なので、選手1人ひとりの魅力や表現に注目してもらえると、より観戦も楽しくなるかと思います。」

セイコーが行うスポーツ支援

セイコーでは、選手たちが氷上に舞う華麗な競技・フィギュアスケートの支援も行っています。精密な採点が求められるフィギュアスケートの大会運営を「フィギュアスケート競技システム」でサポート。

演技の美しさを競うフィギュアスケートのスコアを正確に計測することで、競技貢献を果たしています。

安藤美姫

プロスケーター
安藤美姫

1987年12月18日生まれ、愛知県出身。8歳でスケートを始めるとすぐに頭角を現し、2001~2003年に全日本ジュニア選手権大会で優勝。2002年にISUジュニアグランプリファイナルにおいて、女子選手としては初の4回転ジャンプを成功させ話題となった。2007年、2011年の世界選手権で優勝。世界の大舞台には、2006年のトリノ、10年のバンクーバーと2大会続けて出場した。

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