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文 小山裕也
イラスト 森彰子

42.195kmという非常に長い距離を多くの選手たちが走り抜くマラソン種目。ゴールまでの長く険しい道のりの中で、駆け引きや順位の入れ替わり、ラストスパートの走りなど多くのドラマがあります。選手たちの渾身の走りから目が離せません。また、ゴールシーンで見られる選手たちの走り切った後の姿は心打たれるものがありますよね。

そんな体力の消耗が激しい種目なだけに、コース途中で行う給水が重要な意味を持ちます。傍から見れば、ただ選手たちがボトルを受け取って水分補給をしているだけのように思えますが、実は給水にも細かいルールが定められていたり、選手たちの工夫があったりするなど知られざる一面が存在します。

そこで今回はマラソンの給水に注目し、ルールや選手の工夫などを紹介します。また、元日本代表で、マラソン中継や解説でおなじみのスポーツジャーナリスト・増田明美さんに給水のトリビアについて解説してもらいました。

マラソンのルールや給水のギモン

◆ マラソンのルール

マラソンは選手たちが一斉にスタートし、42.195kmを走り切った着順を競うというシンプルな種目です。ただ、そんなマラソンにおいても、意外と知られていない細かいルールが存在します。ルールを知ったうえでマラソンを観戦することで、より多くの魅力を発見するきっかけになるかもしれません。

・シューズに関する規定
マラソンのシューズと言えば、陸上長距離界を席巻した厚底シューズが有名ですよね。この厚底シューズの使用可否についてはさまざまな意見がありますが、規定では「靴底の厚さは40mm以下」「カーボンプレートは1枚まで」「オリジナルシューズは禁止だが、市販品をカスタマイズされたものは認める」など定められています。

・競技中に乗り物に乗ってはいけない
こちらも当たり前ですが、競技中に車やバイク、電車などの利用は禁止されています。「そんなことする選手なんている?」と思うかもしれませんが、過去にはギリシャのスピリドン・ベロカス、アメリカのフレッド・ローツらの選手が、競技中に乗り物でコースの一部を通過し入賞するという珍事がありました。

・競技中にトイレに行くことができる
競技中にコースを外れてトイレへ行くことは可能です。ただし、コースを離れた地点よりもゴールに近い場所から再スタートはできません。過去には、一度トイレへ行ったにもかかわらず、大会で優勝をしたというケースもありました。レース中にお腹を壊さないためにも体調管理が重要ですね。

・接触禁止
競技中にランナー以外がランナーに接触する行為も禁止とされています。なぜなら手助けしていると疑われるからです。ただし、選手に異常が見られた場合などは、スタッフによる声かけや健康状態の確認は認められています。かつて世界の大舞台では、ブラジルのバンデルレイ・デ・リマ選手が乱入者に妨害されるという事件もありました。しかし、これはもちろん失格にならず、バンデルレイ・デ・リマ選手はあきらめずに競技を続け、銅メダルを獲得したことは有名な話です。

マラソン イラスト

◆ 給水についてのギモン

42.195kmというマラソンの長旅の途中で、水分補給するための給水はとてもに重要な役割を担います。しかし、市民マラソンに参加経験がある人でも、給水に関しても意外と知らない事実や素朴な疑問があるものですよね。まずは給水に関しての基本情報やルールを簡単に紹介します。

・給水所はいくつある?
給水所はコース上に5km間隔で設置されており、プロランナーが15~20分に1回は水分補給ができることを想定した配置になります。また、スタートとフィニッシュ地点にも飲食物を用意しなければならないという規則があります。国際大会では選手自身が用意したスペシャルドリンクを給水所に置くことが可能です。また、10kmを超えるレースでは水以外の飲食物も提供されることがあります。

・給水所以外で飲食物を受け取ったらどうなる?
医学的な理由や競技役員の指示なく給水所以外で飲食物を受け取った場合は、1回目で警告、2回目で失格となります。

・給水所で受け取った飲食物を他の選手に分けても大丈夫?
スタート地点や給水所で取った飲食物は、他の選手に手渡すことができます。ただし、繰り返し飲食物の受け渡しに関与するなど、必要以上に他の選手への接触を試みる場合は「規則に違反した助力」とみなされ、警告や失格の対象となることもあるようです。

・給水のさまざまなやり方や工夫
長時間走り続けるマラソンでは体の熱を冷やすことも重要なポイントです。給水所においては選手のさまざまな工夫を盛り込むことができます。たとえば、マラソン用給水スポンジの利用です。日本陸上競技連盟が発表する競技規則でも「水 ・スポンジおよび飲食物供給所」とされています。また、給水所で置けるボトルは1本だけという規定はなく、2本組になっている”二刀流”のボトルを使うランナーもいます。その場合は、1つにスポーツ飲料を入れ、もう片方に水を入れておき体にかけることにも使うなど、工夫を施しているケースが多いようです。

・さまざまなスポーツでの給水
「水上を泳ぐマラソン」として注目を浴びているマラソンスイミングではレース中に泳ぎながら給水をすることが話題になっています。各選手のスタッフが船に乗り、選手の泳ぎを邪魔しない遠めの位置から棒に給水のボトルをくくりつけて選手に手渡します。またスイム・バイク・ランで構成される鉄人レース・トライアスロンでは、スイムは給水はなし。バイクでは自身が用意したボトルで給水できるものの自転車をこぎながらの給水はテクニックがいるようです。ランにおいてはエイドステーションという水分補給・栄養補給のための設備で給水できます。

マラソン解説でもおなじみ!レジェンド・増田明美さんの給水Q&A

増田明美さん 写真

給水の疑問や意外と知らなかったルールを整理したところで、次は元日本代表で、スポーツジャーナリストの増田明美さんにマラソンの給水に関する質問に答えていただきました。増田さんは、テレビでのマラソンにおいて通も唸らすトリビアや、選手に関する笑える小ネタを紹介するなど情報収集力に長けた解説が話題です。今回はマラソンでの給水をテーマに、増田さんならではの視点と知識をもとに、いろいろなトリビアを解説してもらいました。

ではまずは1つ目の質問です。一般的にスペシャルドリンクの中身は何が入っていますか?また、季節によって中身を変えることもありますか?

スポーツドリンクを水で薄めたものを入れている選手が多いですね。季節で変えることもありますが、前半と後半でその濃さや内容を変えている選手も実は少なくありません!

スペシャルドリンクの中身は選手それぞれや季節によってもさまざまなんですね。ちなみに増田さんが現役時代と現在のスペシャルドリンクの違い、すごいと思ったドリンクについて教えてください。

昔のスペシャルドリンクは「水分+栄養補給」という発想でしたので、紅茶に蜂蜜を入れて作っていましたね!今は、スポーツ医科学がより進化しているので、疲労回復やミネラルの吸収など目的によってスペシャルドリンクの中身もさまざまです。様変わりしたなと感じています。

マラソンしながら蜂蜜を入れた紅茶を飲むというのは、また意外でした!スポーツ医科学の進歩とともに日々、ドリンクの中身も進化しているんですね。では増田さんの印象に残っている給水のドラマやエピソードについて教えてください。

過去の大会であった、山口衛里さん、高橋尚子さん、市橋有里さんが3人で給水を渡し合っていたことですね! 給水の分け合いに関しては、国籍にかかわらず「飲む?」といって差し出すこともあるんですよ。

ランナーにとっては他の選手はライバルですが、共に切磋琢磨する仲間でもあるという素敵なエピソードですね!ベストな給水のタイミングと水分摂取量の目安はあるのでしょうか?

「喉が渇いたな」と思う時には身体はもう脱水状態なんです。なので、個人差はありますが、多くのトップランナーは最初の5kmから給水をします。でも、長い間マラソンの日本記録を持っていた高岡寿成さんは、シカゴマラソンで日本記録を樹立した時、スタートからゴールまで一度も給水しないで走りきりました。これにはただただすごいなと思いますね!

え?42.195kmを給水なしって……。高岡さんが鉄人で良かったのですが、他のランナーの方は決してまねしないでくださいね。ちなみに給水ボトルの中身や分量、成分などの決まりはありますか?

過去に野口みずきさんが保温式のボトルを準備していたので、一人だけ冷たい給水を摂ることができていました! でも、投げ捨てるときに危険だということでその後に禁止になりました。今はポリエチレン製など軽い容器で直径8cm 高さ35cm(持ち手含む)までと規定されているんですよ。

保温式なら温度管理は完璧ですが、確かに投げたら危険ですね(笑)。野口さんほどではないですが、日本のトップランナーはマイボトルが分かるように工夫を施しています。それは海外選手も同様なのでしょうか?

大きな世界大会では、給水は国ごとにサポートスタッフが手渡しするので、基本的に工夫の必要はないんです。普通の大会でも、番号を付けたり、国旗を付けたりするだけで日本人ほど派手に飾ったりはしていませんね。

ただ、自分のボトルを見つけても、上手く取れない時もあると思います。走りながらボトルをキャッチして給水するコツはありますか?また、給水テーブル上の場所取り合戦などもあったりするのでしょうか?

ボトルのキャッチに関しては普段から練習をして、自分の取りやすいフォームをしっかりと作っておくのがコツ……ですね。ボトル自体は係員の方が並べるので場所取り合戦はありませんが、ランナーは集団だとボトルが取りにくいので人の前に出たくなります。それによって、集団が縦長になるのでランナー同士の走る位置の場所取り合戦にはなりますね。また、給水を取りに行くフリをしてスパートすることもあります。ゴール前の給水では選手同士の駆け引きにも注目ですよ!

給水するふりをしてのダッシュ……。そんなだまし討ちもあるんですね。国際的なレースではそうした駆け引きにも注目します。では最後に市民ランナーが給水を上手く活用するための増田さん流のアドバイスをお願いします。

喉が渇いてからゴクゴク飲むのではなく、序盤から少しずつ飲むようにしてください! ほとんどの大会ではスポーツドリンク、水の順番で給水所があります。スポーツドリンクを飲むと糖分でベタベタするので、水で口をすすぐようにするといいでしょう。

増田さんが紹介していただいたトリビアも非常に興味深かったですね。42.195kmの距離をトップランナーたちは2時間台前半で駆け抜けますが、そんなあっという間の2時間の中にも山あり谷ありのさまざまなドラマがあるでしょう。今回紹介した給水についても注目しながら、マラソン観戦をどうぞお楽しみください。また、サブ4、サブ3を目指して日々トレーニングしている市民ランナーの方は、効率的な給水についても意識してみましょう。

セイコーが行うスポーツ支援

未踏のタイムに挑み、自らの限界にチャレンジするアスリート。セイコーは最先端の技術を駆使し、0.01秒を争うスポーツのタイム・スコアを正確に計測することで応援しています。

そして、肉体を極限にまで鍛え上げ、自らの限界を超えた領域に挑み続けるアスリートたちの成果を記録として残すことで、スポーツが生み出す「ドラマの証人」となってきました。

記録に挑むアスリート達の躍動感溢れる走り。確かな計測技術でその挑戦を応援したいというセイコーの思いを、スポーツスローガン「Timing」という言葉に込め、未来につながる一瞬のために、Seikoはすべての瞬間を正確に刻み続けます。

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