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銀座四丁目交差点。2022年に「SEIKO HOUSE GINZA」としてリニュールしたこの場所は、長らく和光本館として親しまれてきた"銀座のシンボル"。セイコーブランドの発信拠点であり、ウインドウは今も昔も、街を歩く人々へ語りかけています。

約6週間で入れ替わる中央のウインドウを含め、合計9箇所のウインドウ制作を担当するのはセイコーグループと和光の両方でデザインを統括している武蔵淳(むさし・じゅん)さんです。

街に溶け込みながらも目を惹くウインドウは、どんな風に作られているのでしょうか。また、変化の激しい現代社会において、ウインドウが果たす役割とは一体どんなことなのか。武蔵さんを訪ねて、お話をうかがいました。

バトンを受け取って24年。ウインドウの社会性

SEIKO HOUSE GINZAのウインドウにはどんなコンセプトがあり、武蔵さんたちは毎回どのように制作されているのでしょうか。

武蔵さん 中央ウインドウのコンセプトは「銀座を訪れるすべての人をもてなす」ことです。第二次大戦後の1952年、この建物は接収解除によって和光が営業を開始した際、「街頭を美しく、道ゆく人たちの愉しみとなるような、街頭の芸術とでもいった公共的意味を持つもの」という目的が定められました。

当時の担当者が「公共的意味を持つものにしたい」と雑誌のインタビューで話しているのを読んだこともありますが、60年代くらいまでは外部のデザイナーを呼んで制作していたようです。

その後、社内にアートディレクターを置くようになってもこのコンセプトは継承され、私が担当を引き継いだ2000年の時点でも、ウインドウは銀座の街に向けた役割を考慮して運営されていました。私たちも、ここから時をお知らせするとともに、街に彩りを添える風物詩になれるよう意識しています。

インタビューを受ける武蔵さん 写真

ウインドウに限らず制作物のデザインを考えたり、店内インテリアや装飾品を整えたりと、セイコーグループにおける多岐にわたるデザイン業務を担当する武蔵さん。

武蔵さん 現在は私を含めた8名のチームで、社会が求めるものや、私たちグループが求めるものを総合的に組み合わせて、取捨選択しながらテーマを決めています。ウインドウは横幅8メートルの中央ウインドウの他、小さめのものや和光アネックスなど、合計9箇所。小さいウインドウは季節や催し物をお知らせする要素もありますので、短いところは2週間で変更しています。各ウインドウとそれぞれの回数を数えると、年間250〜300回はウインドウを変更していますね。

特に中央ウインドウは社会性をもった役割が大きい場所。そういう意味では、取り組むハードルは高いです。でも、銀座に出掛けた誰かの思い出の一部になるかもしれないし、記憶に残るようなものであり続けたい、と思って取り組んでいます。

ショーウインドウ「時の担い手」 写真

2024年1月25日〜2月21日の間はセイコーグループのサステナビリティがテーマに。上から伸びた先人たちの手と、下から伸びた次世代の手が、11の分野別に大切な価値を受け継いでいる。

手から手へ。次世代へ繋ぐセイコーらしさを込めて

ウインドウのアイディアはいつもどうやってひらめくものですか。

武蔵さん 美術や建築、音楽や映画、写真、漫画、ファッション、自然などあらゆる表現に刺激を受けています。アーティストの作品は人生を掛けて表現されているものも多く、学ぶことが大いにありますね。作品そのものもそうですが、制作に対する姿勢や取り組み方に刺激を受けて、元気やモチベーションをもらうようなことも多いです。

アイディアは、いろいろなものから影響を受けて、自分という容器の中に貯めていくような感じです。蓄積しておいたものが、後々スタッフや誰かと話している時に結びつくことがあるんです。他の人の意見や考え方を聞いているうちに、自分の中にあるものが刺激されることもあります。あまり自分ひとりで机に座ってデザインを決めるようなことはないですね。

インタビューを受ける武蔵さん 写真

「テーマがきちんとあることと、それをどうやって伝えるかはまた別の問題」と武蔵さん。一緒にウインドウを作るメンバーに「面白そう、やってみよう」と感じてもらえることも大切にしている。

現在ディスプレイされている「SEIKO’s SDGs」のウインドウについて教えてください。

武蔵さん SDGsをテーマに中央ウインドウを作るのは、今回で4回目です。テーマはセイコーグループの広報やESG・SDGs推進室の担当者と話している中で、「次世代育成」というキーワードが出てきました。

時計作りの技術継承もキーワードに挙がったので、セイコーウオッチや盛岡セイコー工業、アトリエ銀座、それとセイコーミュージアムの方にも取材をしながらデザインを考えていきました。いつもテーマに関する人に取材をしてデザインを作るのですが、今回はいつもよりたくさんの人に協力していただきました。

お話をしながら、次世代に「手渡しされる」というワードが出たので、時計職人の方々に具体的な場面のヒントをいただき、そこから「手」に関する言葉を繋げてみようと考えました。手と手が繋がって、育った人がまた次の人を育てる。私たちが「時の担い手」として、時間差でいろんな工程を経て、思いと技術が繋がっていることを表現しています。

ショーウインドウ「時の担い手」 写真

今回のデザインは、どんな事にインスパイアされて生まれたアイディアだったのですか。

武蔵さん はじめに、前任者が作った小さいオブジェクトを思い出しましたね。それは小さなトルソー(ディスプレイ用ボディ)の背中に手が回っているもので、当時「手だけで表現できることがあるんだ」と感じたんです。その記憶が自分の引き出しの奥の方にありました。

もうひとつは、「自分たちはどういう会社なんだろう」と考え、私たちはリアルな体験を大切にしている会社なのだと思ったことです。

作り手たちは、難しい技術でも時間を掛けて研鑽し、一生懸命に作っています。それはアナログだけど、簡略化したものに置き換えられないかけがえのない体験であり、手間と時間をかけて、面倒くさいことも厭わないで得られる体験を大切にする、そういうセイコーらしさを「手」に表現させたかったんです。

インタビューを受ける武蔵さん 写真

武蔵さん 淡々と続けられていく仕事って、すごくかっこいいものです。アナログに思えても古くさくないし、職人さんたちの職場環境もモチベーションも、僕には精緻でかっこいいイメージがあって、それを銀座らしく表現したいと思いました。

細かい話ですが、ウインドウ内では手渡されてる方の手には新品のピンセットを持っていたりして、次世代を表現しています。時計職人の皆さんは実際、部品や道具まで自分たちで作ったりしますし、そういうことを表したいと思いました。セイコーグループ全体が大切にする価値を、未来へ継承し続けているということを、このウインドウを見て感じてもらえたら嬉しいですね。

ショーウインドウ「時の担い手」 写真

ウインドウ内の「時の担い手」はシンプルな木製の手だが、指先にリアリティが出るよう改造を加えながら制作された。上より下のピンセットの方が新しいことにもご注目を。

思い出に残るウインドウは、キャリアのターニングポイント

これまで担当されたウインドウで印象的なものを教えてください。

武蔵さん たくさんありますが、2003年の「歩」は自分の中でも一つの区切りになったウインドウです。2000年にウインドウの仕事を引き継いだ後、しばらくはどうしても周囲から、前任者のデザインと比較されることがありました。また前任者は外部のデザイナーと協働していたのですが、引き継ぐ際に「君はひとりでやっていきなさい」と言われたんです。

自分だけ放り出されたように感じていたこともあって、何か言われるとモヤモヤと考えてしまったり、自分でも「これでいいのかな」と思ったりしていたのが吹っ切れたのは、「歩」を作ってからです。脱皮できたというか、何に気をつけて仕事をしたらいいのかが掴めた感覚を得ることができました。

ショーウインドウ2003年「歩」 写真

2003年「歩」。

武蔵さん 「歩」のウインドウは、靴のプロモーションでもありました。春の時期、新しい世界に進む人が多いことも考えて、歩き出す人をデザインしたものです。ほぼ白に近い淡い水色のなか、マネキン同士の合間にも歩く人の型取りを挟み、連続性を出しました。ゆったり付けたカーブで、人が歩いているリズムを出しています。こうした展開が全て自然にデザインの中に収まりました。

またこの時、中央ウインドウとは別に、紳士用の靴のウインドウも作りました。こちらは少し小さめなこともあり、よりシンプルに、高い目線で前を向き、明るく歩き出すイメージです。後ろ側に紳士靴を置き、何かから力強く独立すること、あるいは、過去を振り払って前へ歩き出す、といったことを表現しています。

ショーウインドウ2003年「歩」 写真

2011年には無題の「 」というウインドウも作られていますね。

武蔵さん 読む方を困らせる題だと思いますが、「無題」でも「空白」でも、好きに読んでもらって大丈夫です。これは東日本大震災の後、電力不足で店舗を早く閉めたり、ウインドウの電気も消すことが求められたりして、和光も少しお休みをした後でした。

徐々に普通に営業することも大切だ、という時期になり、華美なことは避けながらも通常営業が再開したのです。ゴールデンウィークの頃ですね。でも個人的に、このまま再開してしまうのは何か違うような気がしました。それで「一度ウインドウを空っぽにさせてほしい」と上司に相談したんです。

ショーウインドウ「 」 写真

2011年の「 」は、3日間だけ公開された。

武蔵さん これもアイディアの伏線はずっと前のことですね。学生時代に知った、ジョン・ケージという作曲家の『4分33秒』という曲です。50年代に作られた曲なのですが、ジョン・ケージは4分33秒の間、何もしないでピアノの前に座っているだけ。無音の音楽です。なぜそれを2011年に思い出したのかは自分でもわかりませんが、自分自身は経験したことがない「何もかもを失った状態」の感覚を表現するために、何も置かないウインドウを成り立たせてみたかった。ショーウインドウに社会性があるからこそ、時を捉えて、その瞬間、その時期じゃないと表現できないことはあると思います。

ショーウインドウと武蔵さん 写真

毎回思い入れは十分。名残惜しくならないかを訊ねると「毎回、壊すところは見ないようにしている」と刹那に向きあう本音を教えてくれた武蔵さん。一方で「でも全てを保管できるわけもないし、一期一会でいい」とも未来を見る。

誰も見たことがない空間の可能性

今後、ショーウインドウの未来像をどんな風にお考えですか。

武蔵さん ショーウインドウという存在は面白くて、まだまだ役割があるものだと考えています。もっと楽しいことができるだろうし、もっと人の役に立つこともできるはず。その可能性をどういう風に広げていくか。私自身その事に、今とても興味を持っています。

今までやってない事にも挑戦して「ウインドウの可能性を広げよう」と、よくみんなとも話しているんです。多様性の時代なので、ショーウインドウに対するスタンスもさまざまですが、志高く取り組んでいるところもたくさんあります。観光で銀座を訪れる方など、人生でそんなに何度も来ない人も多いでしょうから、わざわざ銀座に来て見たという体験が良い価値であって欲しい。

そのためにはこれからも、ノンバーバルでオリジナリティの高いコミュニケーションを生み出していきたいです。今、大学でもウインドウデザインを教えているのですが、新しい才能との出会いも楽しみですし、自分たちも今までやったことがない壮大なものにチャレンジしたいですね。例えば、誰も知らないうちに物語が繋がれているとか、一年間掛けてストーリーを展開するとか。ウインドウだけど固定化されていない、空間の要素を存分に活かしたものを作ってみたいです。

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