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令和5年秋の褒章にて、セイコーウオッチの生産拠点である盛岡セイコー工業から2名が黄綬褒章を受章しました。社会や文化に長年貢献した方に対し、天皇から授与される褒章の中で、農業や商業、工業の分野で模範となるような存在に授与されるのが黄綬褒章です。

先人たちから引き継いだ伝統と先進技術の賜物ともいえる、匠の時計。果たしてこの受章は技術者の今後にどのような意味をもたらすのでしょうか。これまでの道のりや、ものづくりへの姿勢をうかがうべく、盛岡セイコー工業を訪ねました。

迎えてくださったのは黄綬褒章を受章した、金属手仕上工の山﨑英人(やまざき・ひでと)さんと、時計組立工の齋藤勝雄(さいとう・かつお)さんです。

歓びは、たくさんの人への感謝と共に

この度は黄綬褒章の受章おめでとうございます。改めて、受章の感想を教えてください。

山﨑さん 栄誉のある、また責任のある賞をいただいて、本当にとても光栄です。11月の伝達式から少し時間が経ち、今また改めて、受章の重みを感じる日々を過ごしています。

受章に際して感じたことは、私ひとりで受章できたものではない、ということです。日々アイディアをくれたり課題に気づかせてくれたりと、私を支えてくれる職場の皆さん、そして、設計や製造、時計の販売をしてくださる方々や、何よりもセイコーの時計を選んでくださるお客さまのおかげですので、深く感謝しています。

山﨑さん 写真

受章の内示は機密情報のため、報道によって受章を知ったご親戚たちから驚きの連絡が続いたという山﨑さん。「特に叔父や叔母など、私より歳上の世代は、信じられないといった驚き方でした」

齋藤さん 大変嬉しく光栄に感じています。これまでにたくさんの先輩たち、職場の仲間、上司のご指導とご尽力があったからこそであり自分だけでは辿り着くことはできなかったと思っております。

私の時計の師匠は、現在は引退したものの、名工と呼ばれ、過去にやはり黄綬褒章を受章していました。目標にしていた存在と同じ賞を受けられたこと、また、師匠もそのように道を開き、導いてくださったことに、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

齋藤さん 写真

受章者は大臣からの伝達と勲章を受けた後、配偶者同伴で天皇陛下への拝謁が行われる。黄綬褒章を目標のひとつにしていた齋藤さんは「以前から妻に約束していた天皇拝謁が実現できました」

ミクロンの世界を叶える熟練の技

山﨑さんが扱われている金型について教えてください。

山﨑さん プレス金型という、時計の部品を作る金型です。主に0.1ミリメートルから0.5ミリメートル程の厚さの金属を加工する金型ですね。各工程が製作した金型パーツを組み立てて、手仕上げで調整及び修正し、時計部品が出来るまでの金型を組み立てる仕上げ調整と呼ばれることを主にしています。

部品には、加工において発生する公差(こうさ)と呼ばれる誤差の範囲が決められています。時計部品のサイズは直径1.3ミリメートルの鍛造歯車や厚さ8マイクロメートルの板バネなどもありますし(1マイクロメートル=1/1000ミリメートル)、その部品の公差に収まるように加工をするためには非常に高い技術力が求められます。部品の位置だけではなく、外観や、プレス加工した破断面の粗さ、アール(曲線カーブ)の付け方など、さまざまなことをコントロールしながら時計部品を作っています。

作業中の山﨑さん 写真

1/1000ミリメートルを調整する技術は、人の手によってこそ成せる熟練の仕事。「ここぞという大事な作業の瞬間は、息をするのを忘れることもあります」。山﨑さんは2021年に厚生労働省の「卓越した技能者(現代の名工)」としても表彰されている。

写真:0.5ミリ目盛の定規の上に米粒と共に並べた部品

(写真:0.5ミリ目盛の定規の上に米粒と共に並べた部品)直径4ミリの丸棒を、手作業で部分ごとに細く削り出したもの。長い部分が直径1ミリ、先端は直径約0.1ミリ。「先端部分を含めて、全て同軸上に作る必要があります。1本作るのに1時間くらい掛かります」(画像提供・盛岡セイコー工業)

そうして出来上がった部品を組み立てるのが齋藤さんたちですね。薄くてスタイリッシュなドレスウオッチ「クレドール」を組み立てていると聞きました。

齋藤さん 私が担当している時計はクレドールのキャリバー68と呼ばれる超極薄時計です。これは製品自体が薄いため、中のムーブメントの厚さも1.98ミリメートルと世界トップレベルの薄さです。そのため、使われている部品も薄く、受の厚さも0.25ミリメートルなど、とにかく全てが薄いのです。全工程において繊細な作業が必要となります。

薄い部品は反ったり捻じれが出やすいため、部品の職人さんたちは厳しい規格の中、いろんな工夫を施して良い部品にしてくれます。しかし組み立てる時には、部品一つひとつの公差も重なるため、ただ組んだだけでは100%動きません。そこで部品ごとに反りを直したり、アガキと呼ばれる歯車の隙間をチェックしたりといった調整を行います。歯車が6個あったら6個とも、ひとつずつを1/100ミリ単位で調整することを繰り返し行い、ひとつの時計を仕上げていきます。

作業中の齋藤さん 写真

機械式時計の心臓部・ヒゲゼンマイの調整は1マイクロメートル単位、ホイールバランスの調整は1マイクログラム(=1/100万グラム)ずつ調整する。「腕時計はいろいろな姿勢で使われるものなので、どの姿勢であっても遅れや進みに差がないようにする必要があります」

細かい部品を組み立てている様子

齋藤さんも2017年に、「卓越した技術者(現代の名工)」に表彰されている。

どのようなきっかけで時計の世界に入られたのでしょうか。

山﨑さん 高校卒業後、関東で仕事をしていたのですが、盛岡に戻ってきた時に盛岡セイコー工業の求人を見つけました。兄の影響で時計が好きでしたし、いろいろなものを自分で作り上げるのが好きだったんです。職場環境の良さも魅力的で、すごく良いと思いました。

齋藤さん 私もものづくりに興味がありました。卒業後は手作業でもの作りをする仕事をしたいと考えていました。その時、高校の隣に手作業で時計を作る会社がある、と聞いたのです。それが盛岡セイコー工業に合併する前の西根時計工業の工場でした。

初めは電池で動くクオーツ時計の組み立てからスタートしましたが、機械が好きなことを入社の際に伝えていたので、機械式時計を立ち上げる時に担当にさせてもらえました。1993年に合併で盛岡セイコー工業に異動し、機械式時計に出会い、ものすごく興味を持ったのです。時計だけど、まるで生きているように感じられて機械式時計をもっと知りたいと思いが強くなりました。それから勉強し、更に時計が面白くなっていきました。

齋藤さん(写真左)と山﨑さん(写真右)

齋藤さん(写真左)は1986年入社、山﨑さん(写真右)は1988年入社と、おふたりとも業界30余年の大ベテラン。

名匠を生み出す職場

時計業界における資格や受章について教えていただけますか。

齋藤さん 時計職人の場合は、時計修理技能士という国家試験があります。また、時計修理の技術技能を競う、技能五輪全国大会があります。この大会は23歳以下が参加できることになっていて、盛岡セイコー工業でも大会に出場する方々が居ます。今はそうした社員の指導も行っています。

山﨑さん 機械の場合は、電気や旋盤、金型仕上げの国家試験を受ける人も多いです。私の場合はそうした技術資格よりも、先に現場の改善に取り組んでいました。日々の生産現場の効率化を図った工夫が認められ、2012年には文科省の創意工夫功労者賞をいただいたんです。

と言っても賞が目的だったわけではなく、業務改善の結果でした。「なぜいつもこうなるんだろう、どうにかできないかな」と思うことがあると、自分なりに考えて、工夫してみたいことを周りに相談させてもらう。それを続けていくうちに、これは特許の申請ができるんじゃないかとか、文科省の認定制度に申請してみたら、といったアドバイスをいただいたんです。結果として創意工夫功労者賞は「現代の名工」にも繋がったと思います。

齋藤さん 盛岡セイコー工業には、独自のマイスター制度である「プロフェッショナル人材制度」もあります。ブロンズ、シルバー、ゴールドの3種類、それぞれに国家資格や県の卓越技能者表彰など、必要な要件が決められています。またマイスターになると、後進指導という役割も大きくなってきます。

襟元に輝くゴールドのマイスターバッジ 写真

技能評価であり、技術の伝承でもある盛岡セイコー工業のプロフェッショナル人材制度。おふたりの襟元にはゴールドのマイスターバッジが輝いていました。

100年先にも繋げていきたい技術と思い

現在はおふたりとも後進の育成に関わられていると聞きました。技術継承に関するお考えをお聞かせください。

山﨑さん 仕事をかたちだけで覚えてしまうと、上手くいかないことがあると感じています。例えばドレスといって、砥石の切れ味を回復させる作業も金型における大事な仕事なのですが、ただ砥石を何回転させればいい、ということではありません。ドレスする目的や、砥石がどんな状態になることが望ましいかといった、作業の目的と意義の理解が必要になります。

時計の金型はニッチな仕事です。特殊技術としてメーカーの機密もあり、自分の実績を公にできない部分も少なくありません。そのため工業の勉強をしてきたとしても、市販の工作機械とは全く違うものを扱うことになります。ここで求められる精度は、機械の工程能力を超えているとも言えますし、だからこそ人の手で調整を行うんです。機械を上手に使える人材になることが重要だと思います。

当然これからも機械の精度は上がるはずですが、その時はまた別の課題も出てくるでしょう。目的を理解した上で、自分で考えられる技術者でいてほしい。そのために私自身もどういう伝え方をしたらいいのかを考えながら、指導にあたっています。

山﨑さん 写真

近い将来、マイクロメートルからサブマイクロメートル(=1/1万ミリメートル)の工程能力を持ち合わせた、工作機械が出てくる可能性は大きい、と山﨑さん。「機械の進化によってまた違う課題が出ても、ニーズを理解し、向上心を持ってどんどんチャレンジする人材が増えて欲しい」

齋藤さん 組み立てについては、入社時は全く初めてという人が多いですね。そのため時計の基本的なことを教えて、実際に触ってもらうことから指導を始めています。今の世代は腕時計をしたことがない人も多いので、会社に入ってから時計の魅力を知り、はじめて時計を買う人も少なくありません。

指導をしていて感じることは、こちらの指導とは異なる主張を臆さずに言う人が増えたことです。自分はこうしたい、という主張を聞くと、まずはこちらの説明でやってみてからにしましょう、と伝えています。良い提案を受けるときもありますが、誤ったかたちで覚えられては困りますし、基本を押さえた上でこそ、自分なりのやり方が見えてくるようになると思うからです。

社外で講師をする機会もあるのですが、業界全体としても、良い人材が途切れない次世代育成の仕組みは必要だと感じています。もちろんメーカーとして守る部分があることは重要ですが、日本の時計産業がこれからも長く続くために、100年先にも繋いでいけるような次世代育成の仕組みがあると良いですよね。

齋藤さん 写真

専門性が高く分業で進める仕事だからこそ、職場の次工程の方にも満足してもらえる仕事を心掛けている。「同じ工房に次の工程を担当する人がいる。その人に、こりゃ困ったな、と思われないものをちゃんと作らないといけません。時計を買ってくださる方だけでなく、次工程や次職場の方々もお客さまだと思って仕事をする気持ちが大切です」

愛され続けるフロントランナーであるために

この先もセイコーブランドが長く支持されるために、必要なことは何でしょうか。

山﨑さん お客さまの視点を想像し、求められる価値がどこにあるのかを考えることだと思います。信頼性の高いものを作れることは、結果に繋がるはずです。セイコーの時計が良いよね、やっぱり買うならセイコーだよね、と思っていただける時計を作るために、自分たちのスキルを使い、常にベストを尽くす。そうすることで近づけるのではないかと思います。

齋藤さん やはり“お客さま品質”を作り込む、ということですよね。お客さまが満足できるものづくりはどんなものか、自分たちはどんな製品を作らなくてはいけないのだろうか、と考える。欲しいと思ってもらえる時計を、自信を持って作る。そのような気持ちを強く持って作業をしていかなければいけないと思います。

山﨑さん(写真左)と齋藤さん(写真右)
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