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質実剛健。岩手県の伝統工業「南部鉄器」には、実用的で、力強いたくましさが感じられます。

2023年冬、盛岡セイコー工業では、前年にオープンした敷地内のビオトープに、南部鉄器製の日時計が設置されました。精密な時計をつくる場にふさわしい、正確な時を刻む日時計は、伝統工芸の力を得た世界に一つだけのマスターピースです。

改めて、日時計とは一体どんなもので、なぜこの場に日時計を作ったのか。そして、日時計に必要な細かい目盛りや数値は、頑丈な南部鉄器でどうやって実現されたのか。

製作秘話をうかがうべく、雫石へ向かいました。お話を聞かせてくれたのは、盛岡セイコーで生物多様性など社会的価値の創造に取り組む村里法志(むらさと・のりゆき)さんと、日時計をデザインしたセイコーグループの時計デザイナー、佐藤 紳二(さとう・しんじ)さんです。

地場でこそ生かしたい、南部鉄器

ビオトープに日時計を作った背景を教えてください。

村里法志さん(以下、村里さん)  盛岡セイコーでは生物多様性の保護活動や森林保全など、自然との共存を意識した活動を続けています。そのため、敷地内に設置するのであれば自然とかかわりの深い日時計がぴったりだと話に上がったことが、今回の日時計製作の始まりでした。

2022年の夏に完成したビオトープのオープニングセレモニーの時には、SEIKO HOUSE GINZAにあるステンレス製の日時計をお借りして、一時的にここに置かせてもらっていました。それもすごくかっこいい日時計なのですが、せっかくこのビオトープに設置するものなら、より自然と調和する日時計を作りたい、という話になったんです。デザイナーの佐藤さんと相談する日々が始まりました。

村里さん 画像

盛岡セイコーで生物多様性の活動を担当する村里さん。

SEIKO HOUSE GINZAにある日時計 画像

SEIKO HOUSE GINZAにあるコマ型の日時計はシャープなステンレス製。

ビオトープついて詳しくはこちら

村里さん  南部鉄器は、職人たちが一つひとつ手作りしている岩手の地場産業のひとつです。私たち盛岡セイコーの工房でも、職人たちが時計を組み立てていますので、親和性を感じるんですね。そうした背景からも「地元の技術を活かして、地元で製作される日時計が実現できないか」と、まずはデザイナーの佐藤さんに南部鉄器の魅力を紹介しました。

佐藤紳二さん(以下、佐藤さん)  盛岡セイコーに日時計を作るということで、最初は銀座の屋上と同じ、強化ステンレス製の日時計を考えていました。コマ型と呼ばれる形の日時計で、設計も終えて、デザインを持って盛岡に提案に来たのですが、村里さんたちのお話を聞いているうちに、「これは南部鉄器で作るしかないな」と思うようになりました。

南部鉄器は洗練されたというイメージよりも、素朴な風合いが感じられます。深みがあって、温かみもある。そして、設置するのがこのビオトープでしょう。自然の循環サイクルが実現したビオトープにふさわしい時計ってどんなものだろうか、と考えました。確かにここで見る日時計なら、鋭い切れ味で機械加工された日時計よりも、環境とマッチするものが良いはずです。

知るほどに、もう南部鉄器こそが最高にふさわしい、と思うようになりました。問題は、「果たしてそんなことが可能なのか、どうやって作るのか」ということでしたね。

佐藤さん 画像

セイコーグループで時計のデザインを担当する佐藤さん。元から伝統工芸が好きだったこともあり、南部鉄器の素晴らしさに魅せられたそう。

「南部鉄器らしさ」と「日時計とはいえ」の掛け合わせ

佐藤さん  ステンレス製から南部鉄器製に切り替えるにあたり、まずデザインを、コマ型ではなく、水平型の日時計に変えました。さらに「目盛りはどのくらいの幅まで再現可能なのか」とか「完成サイズは最大どのくらいなのか」といった技術に関することを新たに学びながら、南部鉄器で実現することを最優先に考えました。

機械加工なら0.1ミリの線も引けますが、南部鉄器はデザインを起こしたら砂型に押し当てて、型を作ります。そこに鉄を溶かして流す。つまり目盛りも立体になるわけです。太さのある目盛りで、どれほど正確な日時計ができるのか。頭の中をいろいろ切り替えて、表現の限界まで可能な限りの日時計をデザインしようと思いました。

村里さん  私自身それほど日時計について詳しくありませんでしたが、ここはセイコーの時計を作る場所ですから、佐藤さんは日時計とはいえ精密さを求めていましたよね。初めに模型を置いて試した時、その精度の高さには正直、驚きました。

佐藤さん  日時計は、設置する場所の緯度と経度によって、影を読む「ノモン」と呼ばれる三角形の角度や、目盛りが変わります。それらを計算することで、時間を見る精度を高められます。ちなみに、雫石と東京では、緯度は約4度の違いがあります。今回はこのビオトープの位置に合わせて設定したので、しっかり時間を知ることができます。

日時計 画像

日時計の上に三角形で立ち上がる部分が「ノモン」。目盛りの位置は、南部鉄器製であるノモンの4ミリの厚さも加味されている。
この日時計の完成により、盛岡セイコーでは「わくわく時計教室」の「日時計編」が開講。参加した子どもたちは、座学で紙製のオリジナル日時計を作り、ビオトープに出てそれぞれの日時計を読み解きます。スマホが示す時間と変わらないことに驚く声も。

難易度の高さを凌駕した、つよい思いと職人技

製作の難しさを感じたことはどんなことでしたか。

村里さん  南部鉄器の製作には、老舗の工房である岩鋳(いわちゅう)さんにご協力いただいたのですが、職人さんたちが何度も試行錯誤してくれたと聞きました。精密さに加えて、屋外に設置するものなので、仕様なども調整してくれたのだと思います。

佐藤さん  岩鋳さんには過去に例のない難しい挑戦をしていただきましたね。デザインで苦労したことといえば、石の台座も難しかったです。南部鉄器自体は、製造サイズの制限があったので、台座の石にも、日時計とピッタリ合う目盛りを引くことで、屋外でもより存在感が出ると考えました。台座と日時計の目盛りがピッタリ繋がると、時間も読みやすくなると思ったんです。

しかしこれがまた石材屋さんにとって対応したことがない特殊な作業でした。日時計は目盛りの幅も均等ではないんです。結局、実寸大の型紙を作り、それを石材屋さんに送って対応していただきました。

日時計の仕上がりを確認する様子 画像

歴史ある「岩鋳」さんの工房にて、日時計の仕上がりを確認する村里さんと佐藤さん。

紙製の日時計をつくる様子 画像

紙製の日時計もまた、デザインを担当したのは佐藤さんでした。参加した子どもたちは、色鉛筆で絵を描いたり色を塗ったり、「数字の部分をカラフルにして読みやすくした」など、世界に一つだけのオリジナルに仕上げていました。

佐藤さん  それと日時計の色にも、だいぶ悩みました。南部鉄器はもともと真っ黒なものですが、日時計の場合、ノモンが作る影の位置で時間を読む必要があるため、濃い色だと時間が読みにくくなってしまいます。では単純に「白」くしたらいい、という発想もできるのですが、南部鉄器のもつ素朴で深みのある味わいは消えないようにしたかった。

それに、ビオトープの自然に溶け込む白ってどんな色なんだろう、とずいぶん考えましたね。影の視認性を考慮しながら、日本の伝統色を調べたりして。ベストだと思ったのは亜麻色と呼ばれる色でした。岩鋳さんにも塗料を調合してもらいながら、何度も相談を重ねる必要がありましたが、おかげで自然の風景に馴染む良い色になりました。

日時計 画像

「屋外で見ると白っぽく見えますが、白い紙を並べるとこれは全然、白く感じません。それだけ周りになじめてるんです」と佐藤さん。

佐藤さん  もうひとつ南部鉄器らしさを生かしたことと言えば、目盛りです。南部鉄器の模様は凹凸で表現します。そのため、この目盛りは1ミリ程出っ張っており、塗装が乾いた後に、職人さんが凸部の塗装を削ることで目盛りが現れます。「このくらいですか?」「いや、もうちょっとだけ」なんて絶妙な加減をやり取りしながら仕上げてくれました。

太陽の光で時を知る -セイコーの日時計-

太陽の光で時を知る -セイコーの日時計-

日時計から考える地球、そして宇宙へ

今回この日時計を作られて、どんなことをお感じになりましたか。

佐藤さん  日時計についてはかなり勉強したんです。専門家の方のところに通って教わったりもしました。日時計は、電池も電力も使うことなく、地球と太陽の関係だけで時間を知るものなので、調べていくとだんだん宇宙の話にも広がっていきます。

実際の地球と太陽の関係での時間の進み方は均等ではなく時期によって少しだけ早くなったり遅くなったりするのですが、私たちが普段スマートフォンとかクロックを使って読む「時間」は、平均太陽時計と呼ばれる時間です。地球が自転しながら1年掛けて太陽の周りを一周する1年の時間を均等に割ったもののこと。それにより安定した時間の刻み方を表すことができるようになりました。

しかし日時計は、それ以前の話です。地球と太陽の関係、ただそれだけが、「時間」そのもの。私たちは「日時計から正確に時間を読み取る」と言いますが、それはあくまでスマートフォン等の平均太陽時計の時間に合わせて日時計を読むための工夫でしかありません。日時計は、1秒を争う人が時間を知るための時計ではないんです。

これはけっして、私たちが普段使っている時間と日時計、どっちが正解かという話でもないんですよ。言ってみれば両方正しいですから。ただ私たち人間の社会はすでに平均太陽時計の時間を元にして、1秒でも狂いがない時計を求めています。でも本質的な時間は、むしろ自然による日時計の時間ではないかと思うようになりました。

佐藤さん 画像

佐藤さん  もうひとつ、日時計を作って思ったことは、地球のことです。たったひとつしか存在しない地球というものを強く実感しました。私たちは地球上で、自分たちが決めた時間の中で暮らしている。地球上のどの国の人も、みんな同じ。火星に行ったら時間の概念も違ってきますが、人間が関わる唯一の天体は、地球です。

そう思ったら、太陽を見上げたり、影を見るだけで、いろんなことに意識がいくようになります。たったひとつの日時計でそこまで感じられるんだから、すごいことだと思いました。

「わくわく教室」シリーズにも日時計が仲間入り

新しく日時計ができて、今回初めての「わくわく時計教室」が開催されました。

佐藤さん  子どもたちが積極的に質問してくれて嬉しかったです。今まで知っていた日時計に対するイメージとのギャップも楽しんでもらえたようで、良いお披露目ができたと思いました。

日時計のデザインコンセプトを始めてから1年半くらい経っているので、この完成は感慨深いものがありますね。

村里さん  そうですね。あの場に設置されて風景と一体化した日時計を見ると、感慨深さがあります。今日は実際に子どもたちに、日時計の正確さを見てもらうことができましたし、みんな想像以上に反応がよくて嬉しかったです。

村里さん 画像

日時計が設置されたビオトープについて「この1年で敷地内の生き物もたくさん増えました」と村里さん。

村里さん  ビオトープに喜んでくれた子たちもたくさんいたので、今度また開催する時は、外でお昼を食べられるようにしたいと思いました。日時計はどうしても当日のお天気が大事なので、万が一、悪天候の場合の対処も考慮しつつ、計画しようと思います。

これまで通り「わくわく時計教室」や「わくわく環境教室」も続けていくので、一年の中で何度も遊びに来てもらえたり、どの教室に参加しても楽しんでもらえるようにグレードアップしていきたいです。

わくわく時計教室の様子 画像

「わくわく時計教室」ではグランドセイコーのスタジオ見学や、時計職人の体験コーナーも。白衣を着て本格的な組み立てにもチャレンジ。参加した子どもたちは、「太陽の影で時間がわかるのがすごいと思った」「鉄瓶以外でも南部鉄器が使われてることを初めて知った。岩手の文化が広まってほしい」「スタジオは木の良い匂いがした」など、思い思いの感想を聞かせてくれました。

村里さん、佐藤さん 画像
セイコーわくわく時計教室 日時計編 in 雫石

セイコーわくわく時計教室 日時計編 in 雫石

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