SEIKO  HEART BEAT Magazine スポーツを通して人生の時を豊かに

文  村上アンリ
写真 近藤 篤

3階建ての建物の高さまでジャンプするトランポリン競技は、10回の跳躍の難度と美しさ競う競技。
日本人として初の難度点18点台をマークしているトランポリン界期待の棟朝銀河(むねとも ぎんが)選手に一番強く意識している時間「21秒」とトランポリンの魅力について聞いた。

※競技は「安定した高さ」「フォームの美しさ」「トラベリング(移動)しない安定性」「持ち技の演技構成の観点」から採点

トランポリン競技をする棟朝銀河 写真

棟朝銀河とトランポリンの出会い

まずは素朴な疑問なのですが、なぜ棟朝選手はトランポリンという競技を始めることになったのですか?

子供の頃からいろいろと習い事をしていたのですが、真面目にやっていたのが水泳と体操だったんです。ある時、当時通っていた体操教室が閉鎖になって、新しいジムに移りました。そこでたまたまトランポリン教室もやっていて。幼稚園の年長組の頃だったと記憶していますけど、夏休みの教室に2週間参加して、トランポリンって面白いな、と思ったのがきっかけですね。母曰く、僕が初めて自分の方からやりたいって言った習い事だったそうです。

トランポリン競技をする棟朝銀河 写真

始めた頃から、レクリエーションではなく競技としてのトランポリンは意識されていたんですか?

いえ、トランポリンだと日常では届かない高さまで行けるじゃないですか。高く飛べるのは愉快だし、その高さを使っていろいろな技ができるようになる、それが面白かっただけです。まあみんなと同じように、とりあえず競技としてやるなら世界の頂点を目指すって言っておけ、みたいなのはありましたけどね。(笑)

棟朝銀河 写真

それがどの辺りから競技者として本気で取り組むようになったのですか?

小学校3年生の時に全日本ジュニアって大会に出場したんですが、ルールすらまだよくわかっていないレベルだったのに、低学年の部で優勝したんです。その時、もしかして自分はこの競技に向いてるかも、って思ったんです。

棟朝銀河 写真

俺って才能があるな、と?

まあ、そう思いますよね。(笑)でもその年の終わりに膝軟骨の怪我をして、お医者さんにはこれでもう一生スポーツはできないかも、って言われたんですよ。車椅子でしばらく生活して、自然治癒で治る可能性は数パーセントって言われていたんですけど奇跡的に治りました。スポーツをやっていない時期は1年ぐらいでしたね。日本代表として世界を目指す事を意識し始めたのは、小学校6年生の時に協会の「強化選手オーディション」があって3人のうちの1人に選ばれた頃からですね。

棟朝銀河 写真

棟朝選手は学業の方も優秀だったんですね。

いえいえそんなことないですよ(笑)習い事をちゃんとやりつつ勉強の方もしっかりやるというのが我が家の方針でした。放課後、友達と遊びに行った記憶はほとんどありません。小学校高学年の時は、週に体操が6日、トランポリンが2日、塾が2日。あの頃が人生で一番忙しい時期だったかもしれません。(笑)

棟朝銀河 写真

あんなに跳ねていたら、勉強したこと全部忘れてしまいそうですけどね。(笑)

大丈夫ですよ、そういうのはないです。(笑)もちろん着地に失敗して頭打ったら、競技中の記憶が全部飛んじゃうくらいの衝撃ですけど。僕は受身がうまかったので中学生まではそれほど意識してませんでしたけど、高校生に入って体が大きくなってくると、トランポリンって落ちると危ないんだな、ってことを実感するようになりましたね。実際に目の前で三回転に失敗してそのまま救急車で運ばれた練習パートナーの姿とかを見ましたから。

棟朝銀河が意識する「21秒」

トランポリン競技をする棟朝銀河 写真

トランポリンって、実際どのくらいの高さまで飛んでるものなんですか?

だいたい8メートルくらいです。

8メートル! それって3階建ての建物くらいですよね。

競技では高く上がれば上がるほどいいんですけど、コントロールはどんどん難しくなっていきます。ほんの少し飛び出しの角度が0コンマ何度ずれただけで台から飛び出しちゃいますから。

トランポリン競技をする棟朝銀河 写真

そんな高さまで到達している時って、やはり特別な感覚や高揚感みたいなものはあるんですか?

子供の頃から何万回も飛んでるから、実際のところ普通のことやってる感じです。ただ、以前ある体育館で飛んでいた際、ちょうど8メートルくらいの高さのところに梁があって、冗談半分でその梁にぶら下がったことがあるんです。下を見て「うわ、これ高いな」って。(笑)さすがに手を離して飛び降りる時は結構怖かったです。

そんな棟朝選手が今現在一番強く意識しているのは「21秒」という時間だと伺いました。その21秒について少しお話ししていただけますか?

トランポリンって10回連続で技を演じてその点数で順位を決めるんですけれど、その1回目の飛び出しから10回目の着地までの時間が21秒あれば良いな、という意味なんです。その時間が長くなればなるほど、滞空時間はより長いわけで、当然高さのポイントも加算されますし技にも余裕が出ますから。

棟朝銀河 写真

でも、先ほどもおっしゃっていましたが、高く飛ぼうとすればするほど、当然リスクは高くなるわけですよね。

そうです。トランポリン競技にはこの範囲に着地しなさいという枠があるんですが、ルール上その枠も以前に比べるとかなり小さくなってきています。普通に垂直に跳ぶだけならそれほど難しくはないでしょうか、二回転や三回転を連続して10回やれば、当然身体の軸は次第にブレてきますからね。

21秒というのは日常の中ではそれほど長い時間ではないですが、棟朝選手にとってはいろんなことが凝縮された時間ですよね。

ええ、21秒というのは僕にとって、違う言い方をすればすべてが決まってしまう時間でもあります。それまでどれだけの時間をトランポリンに費やしていても、その21秒ですべてがゼロになってしまう怖さがあるわけです。どんなに一流の選手でも、ほんのわずかなタイミングのズレで飛び出しを失敗してしまうと、0点で競技を終えてしまうかもしれない競技なんですよ。

棟朝銀河 写真

0点ですか?

はい、体操競技と違ってトランポリンの場合は、もし髪の毛一本でも周りを囲む枠の部分に触れたら、その時点で演技は終了。そしてミスの後に再び演技を続行することはできないんです。踏み出しのほんのわずかなズレとか、着地の際の膝の具合とか、そういうアクシデントは誰にでも起こります。だから極端なことを言うと、始めたばかりの初心者でもメダリストに勝てる可能性だってそれなりにあるんです。

「自分の跳びたいように跳ぶ」

棟朝銀河 写真

そんな繊細な競技で、日本代表として一億人の期待を背負って競技しなきゃいけない、それはそれで大変なことですね。(笑)

以前は実際その誰かのために跳ぶ、みたいなプレッシャーがかなりきつかった時期があったんです。なんでこんな思いで跳ばなきゃいけないんだ、って。そこから最終的には、よしもう自分は自分のために自分の跳びたいように跳ぶぞって開き直ったんですよ。

その感覚って、ある意味ですごく正直ですよね。

もちろん僕を応援してくれているみなさんや、実際に支えてくれている方々のために良い結果を出したいとは思っています。でもやっぱり最後は自分が跳びたいから跳んでいるんだし、メダルもまずは自分のためにとりたいですね。

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