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作 稲葉なおと
画 坂内 拓

6月9日 13:32

件名 現場に来てます!
宛先:お母さん
差出人:NANAMI

こんにちは。
私は昨日から、コンサートの現場に来てます!
昨日の昼過ぎにこっちに着いて、すぐに実感!
トモちゃんに、
あ、現場では「羽根村さん」って、ちゃんと呼んでますよ(笑)
(パパは前から、智美叔母さん、って呼べっていうし、いろいろ気を遣います)
無理をお願いして、本当に良かった!
スタッフの人たちが、昨日から寝る間もなく作業に追われる、こんなにもハードな現場だったなんて、まったく想像もしていなかったので。
今は、この驚きを、感動を、感激を、書き残したいという思いで胸がいっぱいです。

出来たら、1つの小説にまとめられたら!!!
そんな無謀な夢もあって。
(あ、パパには内緒ね)

現場はもう30分ほどしたら、ゲネプロ(通しリハーサルのことです)開始。
取材を続けながら、ママとパパの健康を祈ってます!

七海


6月9日 19:28

件名 Re : 現場に来てます!
宛先:NANAMI
差出人:お母さん

こんばんは。
元気そうなお便り、ありがとう。
現場の取材が、ナナの物書きとしての仕事に繋がりそうなこと、本当にホッとしています。
ナナが取材するコンサート会場は、どこなのかしら?
西日本だったかしら?
関西も中国地方も九州もオキナワも昔、パパと一緒に旅したこと、あるんですよ。
仕事が順調というのを知ると嬉しい反面、ナナがその分、また縁遠くならないか、心配しています(^_^;;

コンサート会場 イラスト

6月9日 23:32

件名 津山です!
宛先:お母さん
差出人:NANAMI

こんばんは。
夜遅くのメール、大丈夫かな? と思いつつ。
私が来ているのは、岡山県の北の方にある古都。津山という町。
コンサートの会場は、この町にある「津山文化センター」というホールです。
つい最近、大規模な改修工事をして蘇った、昭和の名建築なんですよ。
その会場で、羽根村智美コンサートを成功させようと、舞台監督さんや大道具さん、照明さん、音響さん他、スタッフの皆さんの、寝る間を惜しんでの作業風景を取材しています。

舞台監督って、コンサートの演出をするひとだとばかり思っていたら、叔母さんと一緒に、何度も打ち合せをしながら演出をつくり上げていくひとなんですね。
舞台監督さんはさらに、その演出をいかに、キレ良く仕上げるか、スタッフ全員の取りまとめ役です。
私と干支(えと)が一緒で、歳は12歳上の40歳だそうです。
きっとすぐにママは、相手の歳を気にすると思ったので、先回りしてチェック済み(笑)

また報告しますね。

取材が充実している七海より


6月9日 23:56

件名 Re : 津山です!
宛先:NANAMI
差出人:お母さん

忙しい中、たびたびのメールをありがとう。
姉妹なのに、智ちゃんの仕事は表面しか知らない私にとっても、とても興味深いナナの話。
それよりも、ビックリしました。
津山!
懐かしいです。
パパと桜の季節にお邪魔して、感激したこと、つい昨日のことのように思い出しました。
お城の跡地、石垣の上から見下ろした桜並木は、それはそれは美しくて。
見上げるのではなく、道が見えないほど埋め尽くした桜の花を見下ろしながらの花見なんて、初めてで、桜色の雲の上を歩いている気分でした。

ところで、その40歳の舞台監督さんは、独身なのでしょうか?
ついそんなことを考えてしまいました(^_^;;

それでは、おやすみなさい。
明日もナナの仕事が順調に進みますように!☆


6月10日 8:18

件名 舞台監督さん
宛先:お母さん
差出人:NANAMI

おはようございます!
私もビックリ! 
ママとパパが見たという津山の桜の名所、私が一昨日からずっと詰めている文化センターの、まさにすぐ横!
ふたりの思い出の場所に、こうして偶然、私が仕事で来てるなんて、何だか凄い縁を感じちゃいました。

取材のほうですけど、実はスタッフの人たち、一昨日からほとんど寝ていません!
皆さん、驚くほど体力があって、「二徹(にてつ)」という言葉、この取材で初めて知りました。
(2日つづけて徹夜することです)

舞台監督さんなんて、見るからに頑丈そうで。
最初会ったときには、プロレスラー? って思ってしまったほど体格が良くて、いつも膝丈のパンツに、海外ミュージシャンのツアー記念Tシャツを着てるんですけど、現場では愛用のシルバーのヘルメットにシルバーのスニーカーが目印です。

舞台監督の仕事って、「監督」っていうから、映画の監督や、演劇の演出家みたいな仕事かな、って勝手に想像してたんですけど。
実際には、ひと言では表現出来ない、本当に奥が深い、そして幅の広い仕事だと知りました。
パパのような建設会社でいえば、設計の調整まで任された、まさに現場の総監督っていう感じかな?

ステージの背景や、ステージそのものにもなる、大道具制作の工事監督。
工事を進めながら試行錯誤を繰り返し、自分の感性で修正を加えていく監督。
曲ごとの演出そのものを、より良いかたちに高めていく監督。
リハーサルをはじめ、日々の作業の進行状況を臨機応変に仕切る監督。
そして、終演後の解体(バラシ、っていうんですけど)の監督。

舞台監督は、そういったすべての作業の元締めです。
トモちゃんのバイオリンの旋律と照明、そして背景の映像が、ほんの100分の1秒、ずれただけで演出が台無しになること。
ピタリと合えば、お客さんの二の腕に鳥肌が立つこと。
本当に、本番までの時間との勝負で、すべての完成度を、100分の1秒単位で精度を高めていく。舞台監督は、お客さんに贈る、感動の「時」をつくる仕事なんです。

その妥協のない姿勢には、分野は違いますけど、ものをつくり上げる仕事の端の端に座る私も、大いなる刺激をもらってます!

あ、舞台監督さん、たぶん独身です(^^

眠気を忘れた七海より


6月10日 13:34

件名 Re : 舞台監督さん
宛先:NANAMI
差出人:お母さん

ナナからのメールのこと、
それとなくパパに話したら、ちょっとビックリした顔をしていました。
というのは、もう何年も前に、パパの会社の内定をもらいながら、その内定を蹴って、まさに今、ナナが取材をしているような、コンサートをつくる、小さな制作会社に就職したひとが居たそうです。
ナナには内緒だと言ってましたけど(^_^;;

パパは、世間を知らない未熟な若者のすることだと、ただただ呆れていたそうです。
それから何年か過ぎて、パパの会社がつくった大きな競技場のこけら落としに、パパも大好きなロックバンドがコンサートをやることになって、そのコンサートのステージをつくる会社の舞台監督として、パパの会社との打ち合せに出てきたのが、実はその、内定を蹴ったひとだったと部下のひとから聞いて、パパはもうビックリ。
その舞台監督さんの仕切りが、部下のひとたちも感心してしまうほど見事だったことで、パパの考え、少し変わったそうですよ。

「1回しかない自分の人生。好きなことをやり遂げて、世の中の誰かが喜んでくれるような成果を残せて、それで最低限のご飯を食べられたら、それは実は、最高に幸せなことなのかもな」

パパが柄にもなく、そんなことを言ってました。
あ、くどいけど、これは全部、ナナには内緒の話、ってことになっていますからね(笑)

ナナも、ナナにしか歩めない人生、しっかりと歩み始めていますね。
ママはいつも、いつも、本当にいつも、
こころからナナのことを応援しています。

けどナナは、ちゃんと寝ていますか?
スタッフの皆さんが「二徹」と聞いて、ナナの健康を心配しています

今日も明日も明後日も、ナナが健康でありますように!☆


6月10日 16:52

件名 Re : Re : 舞台監督さん
宛先:お母さん
差出人:NANAMI

ママからの便りに驚き、読み進むうちに、いつしか私の眼の奥は熱くなり、あふれ出るものを抑えることが出来ませんでした。
本部長のパパの推薦があったからこそ入社出来た、大手建設会社の設計部。
それを3年で辞めて、フリーのライターになる、そう宣言したときのパパの物凄い形相、今もたまに夢に見てしまいます。

あのとき、パパと同じように、いえ、パパ以上に、ママのこころが疲れ果てていたことを思い出し、胸が苦しくなりました。
ママは隠していたつもりかもしれませんが、ママの肌が日増しに赤く腫れるように荒れていく様子に気がついてから私は、まともにママと向かい合うことが出来なくなっていました。

本当に、本当に、ごめんなさい。

自活の際、ママが、パパとの間の緩衝役になってくれなかったら、私はもっと親不孝なかたちで家を出ていたと思います。
メールで言うことではないけど、メールだから素直になれる自分も感じています。

ありがとうございました!!

もう1時間ほどで、本番です!
取材、頑張ります!!!!

最高に幸せで健康な、七海より


6月10日 19:36

件名 信じています ☆
宛先:NANAMI
差出人:お母さん

きっと今は、感動のコンサート、本番の真っ最中ですね。
自分で選んだ仕事に、自分の才能を信じて就いた自分の娘を、母親として、私はこころから誇りに思っています。

無謀な夢。
津山からくれた最初のメールに、そんなこと、ナナは書いていましたけど。
無謀。
いいじゃないですか!
若いときの特権です。
それに、無謀なんて、まったく思いませんよ。
ナナが書きたいと願っている小説、必ず実現します。

ナナの書く文章の、日本一の、いえ、世界一の大ファンは、そう信じています ☆☆☆

メールのやり取りをする母娘 イラスト
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稲葉なおと

稲葉なおと紀行作家・一級建築士

東京工業大学建築学科卒。建築の企画・設計を手がけつつ紀行作家としてデビュー。JTB紀行文学大賞奨励賞受賞。日本建築学会文化賞受賞。作家デビュー20周年記念小説『ホシノカケラ』(講談社)がロングセラーに。日本の美しいホテル38軒の知られざる物語『夢のホテルのつくりかた』を今秋刊行(エクスナレッジ社)予定。世界の名建築宿に500軒以上泊まり歩いた体験を元に長編小説、旅行記、写真集、児童文学を発表し続けている。

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