心動かす時を共にSEIKOHEART BEATMagazine

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文 清水麻衣子
写真 望月みちか
ヘアメイク 川端富生
スタイリスト 吉田ナオキ

スラリとしなやかな長身に、端正な顔立ち。銀座・和光の時計塔を背景にポーズを決めると、ミュージカルのワンシーンのように、その場を特別な空気に包んでしまう。彼こそがミュージカル界のプリンス、井上芳雄さんだ。

井上芳雄 写真

東京藝術大学在学中に受けたオーディションで「エリザベート」のルドルフ役を射止めるや大注目を集め、今やミュージカル界のみならず、歌手として、役者として、TVやラジオなど、ジャンルを越えて大活躍。小学4年生のときに劇団四季の「キャッツ」を観たときから、「ミュージカル俳優になる」ことしか頭になかったという井上さんに、人生のターニングポイントとなった一曲と、夢を叶えるまでのサクセスストーリーを聞いた。

井上芳雄 写真

「ミュージカルを演じるために生まれてきた」と言われたかった

クリスチャンの両親のもとに生まれ、教会で賛美歌を歌えば「上手ね」と言われ、親戚が喜ぶからとテレサ・テンなどの演歌も歌っていた。歌は好きだったけれど、歌手になろうとは思っていなかった。ところが、運命の出会いが小学4年生のときに訪れる。

「劇団四季のキャッツを観て、娼婦の猫が歌う『メモリー』という曲に感動してしまって。歌を聴いて泣きそうになる体験は初めてだったので、これはすごい、これをやりたい、って。ミュージカルを演る人になりたいし、ミュージカルを演じるために生まれてきたと言われるようになりたいと思いました」

それからというもの、毎日キャッツのパンフレットを読み、CDを聴いて、テレビやラジオでミュージカル情報があれば欠かさずチェック。週に1回はレコード屋と本屋をパトロールし、ミュージカルのことだけを考える生活が始まった。

井上芳雄 写真

危うく道が途絶えるところだった

劇団四季に入るために東京芸術大学を目指すことを決めるも、そこは日本でいちばん難しい芸術大学。受験のため、クラシックの声楽を習い始めた井上さんに壁が立ちはだかる。

「先生に、芸大は天才が行くところで、クラシックの素養がないとダメだから無理だって言われて。自分は天才だと思わなかったし、そうか無理か、って素直に諦めたんです。じゃあどこの音大に行こうかなと思っていたんですけど、その先生とは合わなくなってしまって……。新しい先生を紹介してもらったら、その人は『チャレンジしてみよう。頑張れば可能性あるよ』って言ってくれたんです。芸大に入れていなかったら今の自分はなかったと思うので、その先生にはとても感謝しています。危うく道が途絶えるところだった(笑)」

井上芳雄 写真

演出家・小池修一郎さんの奥さんの誕生日に起こった奇跡

ミュージカル俳優になることだけを考えながら努力を重ねてきた井上さん。奇跡は大学3年生のときに起こった。あるとき大学の特別講義にやってきた演出家の小池修一郎さんから「オーディションを受けてみない?」と声をかけられたのだ。

「僕だけじゃなく、同じクラスの男子生徒と一緒に、『ぜひぜひ!』って。その授業の後、ひとりで上野駅に向かって歩いていたら、なぜか小池先生が上野文化会館の前にたたずんでいたんです。奥さんの誕生日で奥さんと待ち合わせをしていたらしくて。そこでまた少し話をして、ずっとミュージカルを演りたくて、小学生のときからジャズダンスも習っていて……ということを伝えたら、『踊りもやるの? だったら君はオーディションの何時間か前に来て、踊りも見せてくれる?』って」

何の作品かはわからず受けたオーディションだったが、課題曲は、井上さんも好きでよく観ていた宝塚の「エリザベート」の『ミルク』(アンサンブルが歌うコーラス曲)だった。

「これはエリザベートのオーディションだろうとうっすら思って。アンサンブル曲はもちろん練習しましたが、もしエリザベートでいい役をもらえるとしたらと考えて、若い皇太子のルドルフなら自分も演れるかなって、勝手にルドルフのソロ曲を練習していたんです」

井上芳雄 写真

運命を引き寄せた思い出の一曲

大勢が挑んだ歌と踊りのオーディション。一緒に受けた生徒はダンスができないため、落ちてしまった。井上さんを含め3人だけ残るように言われ、告げられたのは、「エリザベートのルドルフ役のオーディションをしたい」ということ。そして運命の課題曲を言い渡された。

「『僕はママの鏡だから』という、自分で勝手に練習していた曲だったんです。他の2人はたぶん初めて聴いた曲で、1時間練習時間をもらったんですが、その時点で僕は完璧に歌えた。他の2人に歌のポイントをアドバイスしてしまうくらい(笑)。この曲は僕のターニングポイントになった運命の曲だと思います」

井上芳雄 写真

「素直」だったことが良かったし、それだけじゃダメなことも知る

見事勝ち取ったルドルフ役。人生の大事な局面で重要な人物に出会い、導かれ、トントン拍子で夢を叶えることができたのは、強運の持ち主なのか、それとも?

「自分で言うのもなんですが、素直だったと思います。何事も疑うことなく、言われたことに素直に従っていた。例えば、来週までにこの課題をやってきなさいと言われたら、もちろんやっていたけれど、皆は意外とやっていなかった。だけど、その素直さが後々俳優としてやっていくときに、仇となったんですよね。世の中は素直だけじゃ生きていけないんだなって(笑)。素直だけではものの見方が足りないというか……影が足りない、毒が足りないと、演出家からダメ出しされ続けていました」

井上芳雄 写真

きっとどこかに自分が輝ける場所がある

子どものころ夢見ていた以上の人生を華々しく送っている井上さん。努力の末、夢が叶い、新たに気づいたのは「意外と(ミュージカルに限らず)なんでもやってみたい」という気持ちだった。負けず嫌いで、どんなこともできないと悔しい。新たなチャレンジで得た経験は、ミュージカルを演じるときの引き出しにもなる。

「『夢は叶う』と、ディズニーなどでもやたらと言われてますけど、僕は素直だから叶うと信じていた。でもある程度大人になったら、だいたいの人は叶っていないということに気づいて、愕然とする。自分は幸運だっただけなんだって。だからこそ好きなことを仕事にしている幸せは忘れないよう、奢らず、何倍も努力しなくてはいけないと思います。ただ、お前が言うなって感じですけど、夢は叶わなくても、変わっていくものだと思うんですね。別のところで皆に求められて輝ける場所があると思うし、それを探すのが人生なのかなって」

井上芳雄 写真

ジャケット/MASON'S、チーフ/MASON'S、シャツ/URBAN RESEARCH、パンツ/knott(TOMORROWLAND)、シューズ/SANDERS、時計/Grand Seiko SBGY002

音楽はポジティブ。ないと生きていけない

自分の気持ちを伝えるのが苦手で、「汲み取ってほしいタイプ」。九州男児の一面を持つ井上さんは、常に音楽に助けられてきたといいます。

「音楽ってポジティブだと思うんですよ。死ぬほど暗い歌もあるけど、口に出して表現しようと思った時点で一歩前に進んでいるんですよね。音楽を聴こうとするだけで前に進みたいわけじゃないですか。ミュージカルは前に前に進もう、生きようとするジャンルだから好きなんだなって、最近思います。僕にとって音楽は、大げさに言うと、ないと生きていけなかったかもしれないし、パンクしちゃってたと思います。音楽があることで自分の思いを伝えられ、表現できているんです。家ではたまに皮肉めいたことを歌にのせて伝えるので、子どもに嫌がられますけどね(笑)」

井上芳雄さんのターニングポイントになった一曲:エリザベートより「僕はママの鏡だから」(3分20秒)

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