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文 清水麻衣子
写真(関宿小学校)中川 司、(クロック工房)望月みちか

千葉県にある野田市立関宿小学校。ここに第二次世界大戦を終結に導いた総理大臣、鈴木貫太郎翁が昭和11年に贈った“大きな古時計”がある。80年以上に渡り時を刻み続けてきたゼンマイ式の振り子時計。その貴重な柱時計が修理を終えて帰ってきた! 匠の技術でどんな古時計も直してしまうセイコークロックの修理技術と、新しい技術への挑戦に注目したい。

大きな古時計 写真

機械体と振り子を静かに待つ“大きな古時計”

鈴木貫太郎元首相と関宿小学校の深い絆

1936年(昭和11)の二・二六事件で瀕死の重症を負った鈴木貫太郎元首相。「なんとか助かって」と、母校でもある関宿小学校の児童や教職員が連日、地元の神社で回復を祈ったという。この話に感激し、謝意を込めて贈ったのが、今回修理を終え、息を吹き返した柱時計(長尺掛時計)だ。同年行われた快気祝いで鈴木貫太郎翁は、子どもたちとの交流を心から楽しんだというから、絆はとても深い。時計には「昭和11年6月21日」という焼印。文字板の裏には過去に2度、修理に出しているという記録が残り、すみずみに大切に時を刻み続けてきた証と想いが宿っている。

(上左)“大きな古時計”の機械体 写真、(上右)柴田透さん 写真、(下)クロック工房 写真

(上左)修理を終えた関宿小学校の“大きな古時計”の機械体、(上右)修理を担当した柴田透さん、(下)現在修理中の柱時計がズラリと並ぶクロック工房。1時間ごとにさまざまな音色でボーンボーンと鳴る様子はにぎやかで、しっかりメンテナンスをすれば、今もなお正確に動くということに感動する。

どんな古時計でも、最後は執念で直す

修理を担当したのは、セイコークロック勤続40年の大ベテラン、柴田透さん。「この柱時計は昭和11年当時とても画期的だった。明治のエンジンを引き継いだ精工舎のオリジナルボンボン時計ですよ」と、古い機械式のゼンマイ時計を目の前に、まず不具合の原因を突き止める。「交換する部品はあっても初期の精度に近づけるのが大変。個体差もあり、最後は執念」と語り、「ない部品は作る」というから驚きだ。今回は、歯車の軸を受け止めるほぞ穴が磨耗し、振り子の根本につける板バネ「ぺら」が曲がっていたため直した。その上で1分間に68回、正確に振り子が振れるよう調整した。

小学校での最終調整の様子 写真

機械部分の修理はセイコークロックの工房で行われるが、最終調整は、現場に赴いて設置し、測定器を使って調整と確認を繰り返す。ボーンと鐘の音が校長室に鳴り響いたときは、鈴木貫太郎翁の鼓動がまた動き出し、見守ってくれているような温かい気持ちで満たされた。

柱時計受け入れ式の様子 写真

柱時計に込められた想いは引き継がれ、未来へつないでいく

10月25日、関宿小学校で「柱時計受け入れ式」が行われ、6年生の児童が参加した。鈴木貫太郎翁の想いを伝えられた生徒たちは、昔の時計がゼンマイをエネルギーに動いていること、一定の速さで動く振り子の動きが、ガンギ車とアンクルを介して時計のスピードを調整することなどを学び、電池で動く現在の時計との違いに興味津々。最後は女子児童からの「直していただいた時計を私たちで守っていきましょう!」という力強い掛け声に、柱時計に宿る貫太郎翁の喜びが伝わってくるようだった。

置時計「悠久」 写真

伝統技術は引き継がれ、新しい技術への挑戦へ

今回の修理は、セイコークロックの「クロック工房」が行なった。この工房のメインの業務は高級時計の組み立てである。ここで作られる製品のうち、最も高級なものは400万円(税抜)で販売されている「悠久」で、水に見立てた鋼球が“水車”を動かし、時を刻む仕組み。2005年の発売開始から、受注生産のみで年間10台前後が売れているというが、人類史上初の機械式時計といわれる11世紀の水運儀象台(天文時計)の脱進機構の原理をもとに、1日2,304回の水車の衝撃に耐え続けられるよう考えられた「ファイブレバー脱進機構」を採用。部品もすべて特注で、1台組み上げるのに半年かかるそうだ。

置時計「悠久」 写真

7.22gの鋼球がバケットに入り、レバーが押し下げられることで次々にレバーが動き、クオーツ制御の時計用モーターをスパイラルの動力源として完璧なバランスで回転し、時を刻んでいく。鋼球がコトッと音を立て、ブレなく転がっていく様子は、まさに悠久の時を刻むにふさわしい優雅さだ。水平で振動のないところへの設置も重要なのだそう。

(上左)小林雄司さん 写真、(上右)渡辺裕行さん 写真、(下左)土屋泰宏さん 写真、(下右)小川風香さん 写真

(上左)小林雄司さん、(上右)渡辺裕行さん、(下左)土屋泰宏さん、(下右)小川風香さん

セイコークロックの技術は、最高齢75歳の小林雄司さんから、「悠久」を始めとした高級時計の組立の中心となる渡辺裕行さん、工房マネージャーの土屋泰宏さんへと引き継がれ、そして次世代を担う近江時計学校卒業の小川風香さんが訓練中だ。

時計職人仕事中の様子 写真

「小さいときから時計職人に憧れていて、大学卒業後の進路で悩んだときに時計店を訪れ、どうやったら時計屋さんになれるのかを聞いたんです。そこで時計の専門学校を教えてもらって学び、クロックを作る会社があるぞと、セイコークロックの門を叩いたんです」と小川さん。クロックに使われるガラスの良し悪しを見極めるだけでも難しいという匠の技術を、一つ一つ覚え、セイコークロックの未来を担っていく。

(上左)技術本部長 杉田取締役 写真、(上右)遠藤恵美子校長 写真、(下)大きな古時計 写真

(上左)技術本部長の杉田取締役、(上右)ゼンマイを巻く関宿小学校の遠藤恵美子校長、(下)時を進め始めた“大きな古時計”

クロックは一緒に歴史を作っていくもの

柱時計も置き時計も、腕時計と決定的に違うのは、その場所に置いて皆で見るもの、場所の一部になり、一緒に歴史を作っていくものだということ。

「ずっとそこにあること、長く使っていくということで価値が生まれてくるのではないか。壊れてしまって、新しいものを買えばいいとはならない。そういう気持ちを大切にしたいから、私たちは一生懸命直している。そうしていくことで次の世代につなげ、歴史の価値を感じていただくことができる」と語る技術本部長の杉田取締役。

関宿小学校に贈られた鈴木貫太郎翁の柱時計も、ゼンマイを巻き、時を刻み続けている限り、未来の子どもたちを見守り、たどってきた歴史を伝え続けていくことだろう。セイコークロックの技術が人と人の大切な絆を支え、次の時代への架け橋となっていく。

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