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文 清水麻衣子
写真 近藤 篤

平成31年4月1日、ついに新元号「令和」が発表になった。そのとき、和光本館6階では書家の石飛博光氏を報道陣が取り囲み、目の前の大きなボードにしたためられる新元号は何になるのかと、皆 食い入るようにテレビ画面を見つめていた。予定の時刻を過ぎた11時41分、菅義偉官房長官が「令和」と書かれた書を見せ、「新しい元号は『令和』であります」と告げると、会場には拍手が沸き起こり、それと同時に少し困ったような表情に変わった石飛氏の姿が印象的だった。

元号発表の瞬間を食い入るように見つめる石飛博光氏 写真

――「令和」と発表され、どのように感じましたか

石飛 これをどう書いたらいいのかという「まいったな〜」という気持ちでした。まず「令」という漢字のバランスが取りにくい。「和」も、偏と旁のバランスを取って、他の字と調和させるのが非常に難しいんです。そしてなによりも、「令」の最後の画が、政府の発表ではまっすぐ伸ばす形だった。これは明朝体とかゴシック体とか、活字にするときに採用されている書体なんです。だけど昔から書かれているのは"ひとがしら"の下に「マ」(点を打つ)の形なんですね。そこで、子供たちの学校教育ではどう教えているのかを調べ、漢字の3,000年という長い歴史の中で育まれてきた伝統、そして子供たちに指導されていることを重んじて、「マ」で行こうと決めました。

力強く「令和」の文字を書く石飛博光氏 写真

――全部で4枚書かれました。どのような思いを込めたのでしょうか

石飛 最初はやはりバランスを取るのが難しく、ビシッと納得のいくものが書けませんでしたが、最後の1枚は、書いている途中で「コレだ」と確信しました。言葉というのは形だけでなく、そこに込められた意味や思いを反映するものですから、その思いを漢字を通して表現するというのはすごく大切なことです。新しい風を呼び込み、この世の中にたくさんの花を咲かせることになっていけばありがたいなと、これからの日本に期待を込めて、書かせていただきました。

(左)和光取締役会長・安達辰彦氏、(右)石飛博光氏 画像

和光取締役会長・安達辰彦 書いているうちにだんだん思いが入ってきていることがよくわかって、新しい時代の幕開けにふさわしい、活力のあるすばらしい字を書いていただきました。「和光」の「和」の字が入ることは予測しておらず驚きましたが、非常に喜ばしく、また、力強く書いていただいたので嬉しい限りです。

和光本館のショーウインドウでお披露目される「令和」 写真

石飛氏の書いた「令和」の書は、乾燥後すぐに和光本館のショーウインドウに運ばれた。ウインドウの前にはすでに大勢の人が集まり、歴史的瞬間を皆でお祝いしようという祝賀ムードにあふれていた。時代の節目節目でさまざまなショーウインドウを手がけてきた和光のデザイン企画部部長/アートディレクターの武蔵淳氏が今回表現したのは、「令和」の書をシンプルかつ力強く見せ、これから刻まれていく「時」の流れを時計の文字盤で表現した、新しい時代へのバトンをつなぐようなデザインだった。

「令和」の書をシンプルかつ力強く見せるショーウインドウ 写真
平成31年4月1日の新元号発表特別ディスプレイ

写真 和光

――デザインのコンセプトを教えてください

武蔵 書の背景にある円盤は、和光の屋上にある時計塔の文字盤と同じサイズです。ショーウインドウにとって、銀座に「時間をお知らせする」というのは、一つの役目だと思っているので、時間を知らせる象徴として、時計=文字盤がふさわしいと思いました。和光の時計塔の文字盤はガラスでできているのですが、空の色が反射して、ブルー系に見えることからブルーの色にしました。そして春なので、背景はピンク色。実際「令和」という字はシンプルなので、時計の針のようなリズムを感じ、イメージにピッタリだと思いました。

武蔵淳氏 写真
和光でショーウインドウのディスプレイを手がけている和光 デザイン企画部部長/アートディレクターの武蔵淳氏

――今までさまざまな節目があったと思いますが、印象に残っているウインドウは

武蔵 今回のように3日間だけという見せ方はあまりしないのですが、東日本大震災直後に、一回白紙にしたほうがいいのではないかと考え、3日間、空っぽにしたことがあります。ショーウインドウというのは、その場所に来ないと見られないものですし、その時じゃないと感じられないものなので、常に時間と一緒にある。さらに、ここは時を告げる時計塔ですから、速報性のあるメディアであるべきだと思います。このようなことを続けていると、節目を迎えるときに「和光が何かするんじゃないか」と言っていただける。昨晩も準備をしていたら、通りかかった若い人が「(新元号の)準備をしているんだ」とおっしゃっていました。

2011年(平成23年)4月「 」 写真
2011年(平成23年)4月「『 』」:東日本大震災後「空白から再スタートしたい」との想いから3日間だけ何も展示しなかったウインドウ

写真 和光

2000年(平成12年)1月「龍の年」 写真
2000年(平成12年)1月「龍の年」:ミレニアムという時代の節目を意識した正月のディスプレイ

写真 和光

(上)1988年(昭和63年)12月「冬物語」、(下)1989年(平成元年)1月「1989」 写真
(上)1988年(昭和63年)12月「冬物語」:昭和最後のディスプレイとなったクリスマスシーズンのウインドウ(下)1989年(平成元年)1月「1989」:平成最初のディスプレイ

写真 和光

――令和元年の幕開けとともに新しいデザインが披露されました

武蔵 新元号の「令和」は、『万葉集』の巻五、梅花の歌三十二首の序文から出典しているという政府のお話がありましたが、皆が一緒に持てる価値観だったので、とても腑に落ちました。この時期のウインドウならではの、新しい時代への期待感と同時に、日本文化への愛着を花で表現しようとしていました。四季のある国に生まれた喜びを二十四節気を表す24種の花木にのせて、平和の象徴である白い鳩がくわえています。それぞれの季節を告げているという趣向です。もちろん、梅の花も用意していました。鳩や花木は女性作家による美しい手仕事のペーパークラフトになっています。

「令和」の書が飾られた、和光本館の令和最初のショーウインドウ 写真
令和元年5月1日、銀座・和光の時計塔から新しい時代の始まりを告げるとともに、午前零時の鐘の音に合わせ、和光本館のショーウインドウを特別にオープンし、令和の時代の幕開けを祝った。

写真 篠山チキン

明治27年(1894年)に初代時計塔が完成してから125年。大正、昭和、平成と、常に時代に寄り添い、銀座の街で時を刻み続けてきた時計塔。そんな時計塔をシンボルとする銀座・和光にショーウインドウが登場し、華々しいウインドウディスプレイで人々の目を楽しませるようになったのは、まだ日本が戦後の復興期にあった昭和27年(1952年)のこと。以来、人々の心をハッとさせたり、感動させたり、強いメッセージを放っていたり……銀座になくてはならない発信地として存在している。令和の時代も、変わらず銀座4丁目で、時を刻み続けていくことだろう。

和光本館のウインドウディスプレイ

住 所 :東京都中央区銀座4丁目5-11
アクセス:各線「銀座駅」A9、A10出口から徒歩すぐ、B1出口直結
営業時間:10:30~19:00 ※ショーウインドウは8:00~22:00
定休日 :年末年始を除いて無休

新時代への窓、令和の銀座・和光 イメージ
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石飛博光

書家
石飛博光

1941年、北海道生まれ。北海道赤平高校在学中から書を本格的に学び、1960年、東京学芸大学書道科に入学、同時に金子鷗亭に師事。上京後は師鷗亭から書の基本的な古典をはじめ、師の提唱する誰にでも読める「詩文書」の創作に精力的に取り組む。

その後、書道入門書や解説書等を多数出版。また、NHK趣味悠々出演を契機に、各種メディアへの出演やロゴタイトルの揮毫などを多数手がける。洗練された現代的表現に加え、文字としての読みやすさを兼ね備えた作風が評価されている。

日展会員、創玄書道会会長、全日本書道連盟副理事長、毎日書道会理事、全国書美術振興会特別常務理事、日本詩文書作家協会会長、大正大学客員教授、NHK文化センター講師。

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