詩人
水沢なお時問時答

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言葉のかけらを、ひとつの塊にしていく。

普段、詩はいつ書かれるのでしょうか?

そうですね。移動中の電車の中とかでふと思いついた言葉をスマートフォンにメモをしたりすることが非常に多くて。通勤時間やちょっとした移動時間とかに思いつくことがすごく多いです。そうして思いついた言葉のかけらみたいなものを家に帰って1つの塊にしていくというか、パーツ、断片だったものを1つの形にしていくような作業をしています。

水沢なお

集めた言葉をどのように詩にしていますか?

本当に何も浮かんでない時は、本当にただの言葉として響きが良いもの、気になったものとして存在をしていて、その中で一つ「こういったものを書きたいな」というテーマのようなものが思い浮かんだ時に全然関係のなかった言葉たちがどんどん膨らんでいくというか、自然と結びついていくみたいな感覚があって。テーマみたいなものが見つかると、どんどんとテーマに合わせた言葉が思い浮かんだりとか、全く共通点がなかった言葉とかが不思議とテーマに合った言葉のように見えてくる時があって。だから、1 つの言葉が持つものの可能性を詩を書いている中でどんどん見つけていくことができるというか、見つけていく作業のような感覚があります。

詩の中でどのような世界を表現したい、書きたいと思っていらっしゃいますか?

一対一の関係性みたいなものにすごく魅力を感じていて、それを書きたいなという気持ちが非常に強くあります。世の中に 1 人と 1 人しかいなくて、その間に流れているものや、関係性そのものにすごく強く惹かれていて。そういった世界はとても理想的だし、自分にとってもお互いにとっても自分しかいないみたいな関係性を築くことができたらすごく幸せだなって思う反面、そのことの切なさというか、逆にものすごく孤独があるんじゃないかなと思っていて。喜びと切なさみたいな表裏一体な感覚のようなものを常に書きたいなと思っています。

水沢なお

作品の中には「身体性」や「生」に関して少し生々しい表現も見受けられます。ご自身の表現に関して、どのように感じていらっしゃいますか?

そういった葛藤とか矛盾したものをいつも抱えているんですけど、だからこそすごく詩という形で表現をしたくなるのかなと思っていて。解き放たれたいとも思うし、もっと向き合ってもっと身近にぶつかりたいみたいな感覚もすごくあります。

言葉は「書く」より「探す」。

言葉を見つけたり、探したりすることはありますか?

言葉を探す時間はすごくあって。何も書かないでいる時間っていうのがすごく私は長くて、もう 2 週間とか 3 週間とか。もう詩を書かずに、ひたすら単語とかを集めたりとか、美術館に行ったりとか、映画見たりとか、演劇を観に行ったりとか。そういうインプットの方に非常に時間を使っていて、インプットをしていること自体がすごく大事なのかなと思っていて。作品と向き合う時間、作品とやり取りをしていくなかで、自分がすごく消えていくような感覚と、ものすごく自分だけと向き合っていく感覚っていうものをすごく感じるんですけど。作品自体から受け取ることももちろんあるし、作品の前にいるっていうことが、ものすごく大事なのかなっていう風にも思います。

水沢なお

常に詩のことを考えていますか?

平日の日中を会社員として働いているので、その時間はやはりどうしても詩のこととか言葉のことを考える時間や余裕がなくて。通勤時間や家に帰ってからの時間、あとは休みの日とか、そういう時間は詩のことをすごく考えているんですけど。でも、考えすぎて同じことの繰り返しになってしまう時とかもあって。そういう時は詩以外のことを考えるのが怖いみたいな感覚が結構生まれてきてしまったりもするんですけど。もうそこは怖いけど割り切って、詩ではない、もう本当に趣味の話とか、友達とかと会話したりとか、何も考えずに道を散歩したりとか。っていう時間を作るようにしています。

苦しんだ先に、救いの言葉がある。

詩を書く時間、考える時間というのは水沢さんにとってどのような時間でしょうか?

詩を書くことは、結構恐ろしいことだし、怖いことだなっていう風に自分では感じていて。すごく苦しいなって思うことの方が多いんじゃないかっていうくらい、詩を書くことはすごく恐ろしい。それは、自分の書きたいものが書けるのかなっていうような不安とか、詩を書いている自分がとても自然だし、そうしないと生きていけないんじゃないかという感覚と同時に、詩を書かないで生きていくことに関しても、妙なリアリティみたいなものが常にあって。詩を書かないこともとても苦しくて、もう、どちらにせよ苦しいのかなって思っているんですけど。でも詩を書いていることで、ものすごく自分は救われるような感覚とか、もう他では味わえないような、ものすごく澄んださらさらしたような感覚を覚えることができて。それは本当に詩を書くことでしか味わうことができないっていう風に思っています。生きている中で、息苦しさとか、悲しいこととかたくさんあるなって思うんですけど、やっぱり詩を書いている時は、その苦しさと向き合った分だけ、どこか救われるような感覚があるのかなっていう風に思っていて。はじめは自分が救われるような感覚を覚えていたりとか、詩を書くことが単純に楽しかったりとか、生きがいのように感じていたりもしたんですけど、段々とすごく読者の方も増えてきて、自分だけの言葉ではないんじゃないかなと思う時もあって。やっぱりどこかで苦しいこととかや悲しいこととかを感じている人が少しでも救いになるような感覚を少しでも覚えてくれたら、本当に詩を書いていて良かったなってとても思えるので。そうですね。詩を書いている時間は、苦しいけど、すごい大事だし、素晴らしい時間というか。生きていて良かったなと思える時間でもあるなって思っています。

水沢なお
(撮影:Satoko Imazu)
※本内容は音声でお聴きいただくことも可能です。文章では話の内容をよりわかりやすくするために言葉の調整や補足をした箇所があります。音声と文章、どちらもお楽しみいただければと思います。

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プロフィール

水沢なお
水沢なお 詩人

1995年静岡県生まれ。詩人。武蔵野美術大学卒業。2019年刊行の第54回現代詩手帖賞受賞作を含む全13編を収録した第1詩集『美しいからだよ』(思潮社)で、第25回中原中也賞を受賞し、今後のさらなる飛躍が期待されている。

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