作家
池井戸潤時問時答

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小説の構想を練る、深夜2時。

普段、どのような 1 日を過ごしていらっしゃいますか?

起きるのは最近遅くて 8 時位かな。9 時あたりから原稿を書き始めて、まずは昼近くまで。ここまでがひと区切りです。お昼は、近くのレストランに食べに行ったり、コンビニで買ってきたりします。少し前までは仕事を始める時間も早かったので、午前中だけで切り上げたりしたんですが、最近は昼を挟んでさらに1、2時間は机に向かうことが多いですね。フリータイムになるのは、その後です。日によってフィットネスクラブに行ったり、ドライブに行ったり。ぶらぶら写真を撮りに行くこともあります。マッサージに行ったりとかね。作家の肩こりは職業病みたいなものですから。

最近はコロナのせいで飲食店が開く時間が早まりましたよね。以前なら午後6時スタートの店が、夕方5時、さらに4時からやっている店まであります。政府は自粛要請ですが、ぼくは馴染みの店がなくなると困るのでできるだけ営業支援で通うことにしています。どこも感染の心配のなさそうなこぢんまりとした店ばかりですが、始まりが早いものだから、家に帰っても午後8時前だったりする。夜が長いです(笑)。 テレビを見たり、読書をしたり、音楽を聴いたり、時間を潰すのに苦労してます。結局、早寝することになるのですが、案の定、夜中の 2 時ごろ目が醒めて、寝られなくなってしまう。最近はその寝られない時間に翌日の――いや、もはや当日ですが――書く原稿のことを考えたりします。思いついたアイデアとかはスマートフォンにメモするんですが、いつのまにか結構な量になっていて驚くほどです。こんなことをしてるから朝起きるのが遅くなるんですね。

原稿は常に書いているわけではなく、次の小説の構想を練っているときは、どういうテーマで、どういう構成にしたらおもしろく書けるのか、ひたすら考える日々を過ごします。でもこういう思考は一筋縄でいくものではなく、必ず紆余曲折がある。テーマは決まっているけど、どう書き起こせばいいのか一向に思いつかない――とかね。様々な思念のカケラや思いつきを整理しつつ、その小説が「果たして何物なのか」を考え、自分に引き寄せるステップが大切だと思います。

池井戸潤

書くテーマはどのように決めていますか?

作家は誰でも、書くべきテーマ、アイデアを常に探していると思いますが、ぼくもまた同様です。アイデアそのものは、たくさん浮かびますが、小説として成立させるとなると何でもいいというわけにはいきません。「どう書くか」の前に、「何を書くか」――この段階がとても大事なんだと思います。

作品にするテーマについて、ぼくは3つの条件を満たすことを自分に課しています。まず、「新しさ」。次に、「オリジナリティ」を発揮できるものであること。3つ目は、「豊穣な物語」になるということ、です。『陸王』とか、『下町ロケット』といった作品を読まれた読者の皆さんであれば、きっと「なるほど」と思っていただけるのではないでしょうか。

テーマはどんなふうに考えていますか。

編集者たちとの他愛もない会話から生まれることも少なくありません。居酒屋で酒を飲みながら、とくに小説とは関係のない話をしているときに、「あ、それ、いけるんじゃないの?」、というアイデアに出会うこともあります。

アイデアは誰かと話しながらまとめることが多いですか?

アイデアの「シード(種)」は、会話の中から生まれることも少なくありませんが、それを膨らませる作業は自分ひとりでやることになります。ひとつの小説が成立するためには、いくつかのアイデアが必要になりますが、これはリラックスしていないと出てきません。朝から晩まであくせくスケジュールに追われている中で良いアイデアが出るでしょうか。ぼくの場合、ある程度余裕がないとダメですね。考えるためのノウハウのようなものはひとそれぞれにあるのでしょう。

池井戸潤

2つの時間を行き来している。

池井戸さんに趣味の時間はありますか?

いままでなら「ゴルフ」と答えていたところですが、実は昨年、一念発起して「プチ引退」を宣言しました。もう半年ほどやってません。ただ、たまに会いたい人からのお誘いもあるので、そういうゴルフなら喜んででかけるつもりですが。なんでゴルフと距離を置こうと思ったかというと、だんだん歳をとってきてゴルフの時間がもったいないと思えてきたからなんです。たとえば、ぼくが散々練習に時間を費やし、頻繁にゴルフ場に通って 70 台で回れるようになったとして、それに何の意味があるんでしょう。そんな暇があるのなら、小説を書いているほうがよっぽど読者の皆さんに喜んでもらえるし、だったらそうするべきじゃないのかと。だんだん残り少なくなってきた人生、自分が得意なこと、求められていることに忠実であるべきだと思うんです。とはいえ、ゴルフのためのゴルフではなく、小説のための息抜きや人と会うためのゴルフならやりたいし、やるべきです。だから、完全引退でなくて「プチ引退」です。

小説の中の時間と現実の時間についてきかせてください。

小説を書いているとき、小説の中には、その世界観に沿った時間が流れています。いまが夏でも、小説の舞台では冬だとか。そういう意味で作家は、2つの時間の中で生きているといっていいかも知れません。小説を書いている間は、小説世界の時間軸で考えています。書くという作業に没頭し、「ああ疲れたな。今日はもうこのくらいにしよう」と思ったとたん、ふっと現実の時間に舞い戻ります。

池井戸潤

現実の時間とのご挨拶。

「小説の中にいる時間」と「現実の時間」、どちらがお好きですか?

作家にとって、どちらも日常の時間といっていいかも知れません。ただ、現実の時間に関していうと、毎朝、グランドセイコーのねじ巻きをするのが日課になっています。じつは結構時計好きで、機械式時計はいくつか持っていますが、常時つけられるように動かし続けているのはこれだけなんですね。そしてひと月に 1 回ぐらいは――実はさっきここに来る前にもやったんですけど、正確な現在時刻を調べて合わせる。スプリングドライブのムーブメントは、圧倒的に正確なことにいつも驚かされます。朝のネジ巻きは、現実の時間とのご挨拶のようなものですね。

池井戸潤
(撮影:Ayumi Yamamoto)
※本内容は音声でお聴きいただくことも可能です。文章では話の内容をよりわかりやすくするために言葉の調整や補足をした箇所があります。音声と文章、どちらもお楽しみいただければと思います。

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プロフィール

池井戸潤
池井戸潤 作家

慶應義塾大学卒。1998年、金融業界を舞台に書いたミステリー小説『果つる底なき』(講談社文庫)で第44回江戸川乱歩賞を受賞。2010年に『鉄の骨』(講談社文庫)で第31回吉川英治文学新人賞、翌2011年に『下町ロケット』(小学館文庫)で第145回直木賞、2020年に第2回野間出版文化賞を受賞。他の作品に『空飛ぶタイヤ』『七つの会議』『花咲舞が黙ってない』『民王』『シャイロックの子供たち』『アキラとあきら』などがある。単行本最新作は「半沢直樹」シリーズの『半沢直樹 アルルカンと道化師』(講談社)。

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